「お姉ちゃん、元気ね?」とトキちゃんがやってくる。いつもニコニコの元気なトキちゃんはちいちゃくてとっても可愛い。不機嫌な顔や、他人に対して嫌な態度をとったり悪口を言うところを見たことが無い。若くでご主人を亡くし、料理屋などで働きながら女手一つで4人の子供さんを立派に育て上げた。今はバツイチの息子と二人暮らしだ。娘も近くに住んでいて、孫やひ孫もちょくちょくやってくる。料理屋で腕をみがいたトキちゃんの料理は大人気だ。トキちゃんの作り出す美味しいものでいっぱいだ。
トキちゃんの周りはいつもにぎやかだ。トキちゃんは人を笑わせるのが好きだ。とんちが効く、いつも絶妙な切り返しをして周りを笑わせる。話題が豊富で、茶目っ気たっぷり。歌を歌うのが好き。良い声で歌った。みんながトキちゃんのことが大好きだ。
トキちゃんは坂道の街に住んでいる。トキちゃんの家と私の家は直線距離はとても近いのだが、急な坂を下りて行かなくてはならない。坂道の街によくあるようにトキちゃんの家の屋根の高さに道路が通っている。地図で見れば家の側に道路が通っているように見えるけど、トキちゃんの家に行くにはその道路ではなく、ぐぐーっと遠回りをして急な坂道を下りて登って行かなくてはならない。かなりめんどくさい。めんどくさいから近所の人はトキちゃんの借りてる畑を通って斜面を登って道路にでる。斜面にはけもの道のような通り道が出来ている。このけもの道がまた急で、慣れてないと滑りそうで怖い。恐る恐る通る私をしり目に、トキちゃんはひょいひょい通っていく。80歳を超えたトキちゃんの方が絶対私より身体能力は高いと思う。体も柔軟だと思う。私がぜいぜい息をきらして登る坂道もたったか登っていく。母はこのけもの道を通れない。だからトキちゃんの家におすそ分けに行くときは上の道からまずトキちゃんを呼び、紐に下げてするするおすそ分けを下していく。トキちゃんは庭で待ち構えて降りてきた荷物をキャッチ。今度はその紐にお返しをぶら下げて母がそれを引き上げる。どこかの童話の話みたいだ。二人はそんな感じで原始的共産社会のような交流を続ける。
トキちゃんはいつも穏やかだ。
かなり偏屈な方が居る。違う班なのに何故かこっちの班に混ざることになってしまった。本音を言うとかかわりあいたくない人なのだが 他の方では上手く付き合えないとか何とかで抱え込む羽目になってしまった。ひそかに親子でため息をついてしまう。偏屈さんは不満だらけだ。そして自分の話たいことだけを話し、反論や他の提案は一切受け入れない。が、トキちゃんはそんなめんどくさいひとでもおおらかに迎え入れてしまう。私の運転する車の後部座席に偏屈さんとトキちゃんが座りにぎやかにおしゃべりする。
偏屈さん「それでね、私は言ってやったのよ」
トキちゃん「そうなの、ウチの息子は最近仕事が忙しいみたいで」
偏屈さん「そんなのおかしいでしょ。あの医者はヤブなのよ」
トキちゃん「そうよね。ご飯を食べてるか心配で」
あはははは~っと二人は笑う。会話はかみ合ってない。でも偏屈さんは言いたいことを言えて満足する。
トキちゃんのすごいところはただスルーするだけでなく、相手の話を聞いてないことを相手に悟らせないことだ。見事なスルースキルだ。相手の愚痴を聞き流してはいるけど、しかし相手を軽んじてるわけじゃない。尊重している姿勢が相手に通じるのだろうか。
トキちゃんは植物を育てるのが好きだ。
大事に育てた植物を惜しげもなく周りのひとに分けていく。我が家にも珍しい朝顔を下さった。夏の終わりに小さい花が咲く朝顔。小さい花が小さいトキちゃんみたい。涼やかな青が晩夏を彩った。
トキちゃんはちいちゃい体でいっぱい愛情をまきちらしていく。みんながトキちゃんのことが大好きだ。美味しいものがあればトキちゃんと食べたいと思う。きれいな花があればトキちゃんにも分けたいと思う。母は姉のようにトキちゃんを慕っていた。
ニコニコの笑顔の境涯に達するまでにトキちゃんにはどんな苦難を乗り越えてきたんだろうか。
ある日、会合に参加していたトキちゃんは会合中にくらりとうつむいた。となりの席の母は「トキちゃん、眠いのかな」と思ったそうだ。が、会合が終わって帰ろうと声をかけた所反応が無い。そこでやっと母はトキちゃんの異常に気が付いた。気が付いてパニクった。トキちゃんは脳梗塞を起こしていた。
この日限ってドクターヘリは出動していた。近くの救急車が全部出払っていて遠くからやってくる羽目になった。
でもトキちゃんは頑張った。一命を取り留めた。苦しいリハビリが始まった。
みんながトキちゃんのことを祈った。トキちゃんの娘さんは病室にノートを置いて、見舞いに来た人がなんでも書き残せるようにした。たくさんの人がトキちゃんに会いに来た。
トキちゃんは頑張った。
言語障害で言葉が出ない。そんな状態でも「南無妙法蓮華経」とだけは発言できた。嬉しいときも「南無妙法蓮華経」、つらいときも「南無妙法蓮華経」。表現したい言葉が出ないとトキちゃんは「南無妙法蓮華経」と唱えた。
やがてトキちゃんに歌がもどってきた。トキちゃんは歌った。
身体が動かなくても、車いすでも、話したいだけ話すことが出来なくなっても、やっぱりみんなトキちゃんが大好きだった。トキちゃんと会いたかった。トキちゃんは話すことができないので、みんなの近況をただ聞くだけだったけれど、トキちゃんが歌ったり「南無妙法蓮華経」と唱えると嬉しくなった。トキちゃんに会えば元気をもらえた。
トキちゃんは頑張った。
ある日、見舞いに行き、30分ほど話した後「じゃあ、またね」「あい」と別れた。エレベーターに向かう私たちを見送って突然、トキちゃんが号泣した。泣き声は「家に帰りたい」と聞こえた。長い付き合いでトキちゃんが泣くなんて初めてだった。切なかった。
その後、我が家も怒涛の入院ラッシュでトキちゃんに会いに行きたくても会いにいけなくなった。嫌なパターンだと思いながらも、トキちゃんの入院している病院を素通りして姉や父の病院に通った。
5月、トキちゃんの朝顔が大量にさいた。いつもは8月の終わりに咲くのに。しかもいっぱい花をつけた。嫌な予感がした。トキちゃんに会いたかった。会わなくては後悔するパターンだと判っていた。でも会いに行く余裕がなかった。
予感は的中した。
平成28年6月23日 トキちゃんは霊山へ旅立った。92歳だった。
トキちゃんの朝顔は8月もまた少しだけ花をつけた。たくさん種がのこった。
