まず中国留学のはじまりは、
日本で勤めている会社が中国のと関わりを持ったことでした。
もともと大学時代の留学が良い経験だったので、
会社を3年くらい働いたら、やめてまた海外にいこーっ
て思いながら社会人になって
そしたらコロナで鎖国状態になってしまって💦
仕事も好きな仕事だったので、やりがいも感じながら続けていたら
5年目の時に、社長から「中国に興味ない?」と提案されて
中国の会社と顧問契約をしようとしている、
けど自分は忙しいので代わりに行ってくれる人を探してる。ということで
海外ならどこでも!!
むしろ父が香港人でいつか広東語をやりたい!と思っていた私は
ぜひ!!!!!と即答してしまいました。
でも海外に行くなら語学の勉強をしたかったので、
大学で語学の勉強をさせてもらいながら、現地でも働くことに。
この時の私は、中国大陸の大きさを甘く見ていたー😱
私が小さい頃から慣れていた中国は、
香港〜中国南側。
中国の会社があるのは北地方の天津。(北京の隣)
土地と天候ももちろんのこと、
食文化や人々の性格まで、何から何まで違くて
「思ってたのとちがうー!!!!!」って
中国来て最初は、すごーく戸惑いました!
留学経験もあって色んな国の人と関わったことがあるので、
自分の許容範囲は広めだと思っていたけど
仕事をする上での文化や生活習慣の違いは
言葉の壁以上に伝わらないこと、理解できないこと
多すぎて、正直しんどかった。。。
天津は寒くて乾燥しているので、
食べ物も辛いものと脂っこいものばっかり。
現地の人が美味しいと勧めてくれるものが全然美味しく感じなかったり😫
大気汚染もあって咳が止まらないし。。。
このままじゃ、仕事も楽しくできないし、
私のやりたかった海外生活が送れない。
しばらく悩み、会社の社長に相談、中国での会社の社長にも相談。
中国に住んでいた経験のある父、中国の各地方から出てきた友達たち
みんなにたくさんたくさん相談して…
大学の学期が終わる年明けの一月から
親戚の住んでいる香港に拠点を移すことにしました。
そして仕事は、月に一回天津に通って続けることに。
元々、周りが結婚したり子供を産み始めてる年齢に差しかかることもあって
今年を自分だけのために使う最後の年にする。
という思いで日本を離れました。
そんな中で、毎日
「1日がすごく長く感じる。天津に来てからまだ一週間しか経ってない、一ヶ月しか経ってない…」
とか思いながら毎日を過ごすのがつらかった。
自分の考えは甘すぎる、
もう少し頑張ってみなきゃわからない、
無責任に逃げてるってことだって
悩みもしました!けど、それならここにいるうちにできること全部やろう!と
授業以外の時間はできるだけ出勤して
感覚的に伝わらないことは何回も言葉で話して伝えて
自分なりに満足する結果を出せてから香港に来れたので、
良かったと思っています。
もちろん今後も通うので、頑張ることはまだまだたくさん!
この歳になっても新しく学ぶことが色々あって
4ヶ月間勉強した中国語も少なくとも身にはついて
今になっては、天津にいた期間も、意味のある時間にすることができたと思っています。
成長させてくれてありがとう天津。

