最近スピを否定しているのになんでブログタイトルを変えないの?
ついにツッコミ入りました(笑
まぁ、簡単なようで難しい、難しいようで簡単。そんな問いです。
スピに対する観念って、人により違うので場合によっては、相容れない立ち位置になりかねないじゃないですか。そんな問題です。
答えは簡単。
精神性の追求を辞めている訳ではないから。
そして、俺には、今の日本のスピリチュアリズムがやっているやり方ではゴールにはたどり着けないと思うから。
です。
結構、スピリチュアリズムの総本家であるイギリスに渡る人もいるみたいですよね。
俺はそこまでする気はないけど。行くならインドかな。
しばらくは政情不安で立ち入りできないと思いますが。
まぁ、簡単なようで難しい、難しいようで簡単。そんな問いです。
スピに対する観念って、人により違うので場合によっては、相容れない立ち位置になりかねないじゃないですか。そんな問題です。
答えは簡単。
精神性の追求を辞めている訳ではないから。
そして、俺には、今の日本のスピリチュアリズムがやっているやり方ではゴールにはたどり着けないと思うから。
です。
結構、スピリチュアリズムの総本家であるイギリスに渡る人もいるみたいですよね。
俺はそこまでする気はないけど。行くならインドかな。
しばらくは政情不安で立ち入りできないと思いますが。
つながり
今日は月一回の娘と会う日でした。
ちょっと、お気に入りの本屋に連れて行って本を一緒に見たかったので埼玉方面につれていく、と言う事で遊具がある系を調べて、大崎公園というところに。
検索で調べている途中から、所在地の紹介で見沼、と言う文字。
見沼。そう、私のお気に入りの氷川女体神社は、その見沼を見下ろす、見守る位置に鎮座しております。
いつもね、お参りに行くたびに、娘との関係とか、娘の心とかの事を話してたんですよ。
そして、いつか、ここに連れてきたいな、と言う事も。
途中経路で、すぐ近くを通った時に、報告しました。
「娘を近くに連れてこれました」ってね。
そしたら、とても暖かな気が送られてきて。
優しくて、暖かで。
この感触は、神社の気だとすぐに分かりました。
でも、いつも感じているのよりもはるかに強くて優しい。
この感触が、深い愛情、と言う感情なのかな、と感じました。
神社では、ちゃんと聞いてくれてるのはわかってたけれど、ちゃんと感じ取ってくれて、答えてくれて。
本当に感謝しました。
その優しさに。愛情の表れを感じさせてくれた優しさに。
ちょっと、お気に入りの本屋に連れて行って本を一緒に見たかったので埼玉方面につれていく、と言う事で遊具がある系を調べて、大崎公園というところに。
検索で調べている途中から、所在地の紹介で見沼、と言う文字。
見沼。そう、私のお気に入りの氷川女体神社は、その見沼を見下ろす、見守る位置に鎮座しております。
いつもね、お参りに行くたびに、娘との関係とか、娘の心とかの事を話してたんですよ。
そして、いつか、ここに連れてきたいな、と言う事も。
途中経路で、すぐ近くを通った時に、報告しました。
「娘を近くに連れてこれました」ってね。
そしたら、とても暖かな気が送られてきて。
優しくて、暖かで。
この感触は、神社の気だとすぐに分かりました。
でも、いつも感じているのよりもはるかに強くて優しい。
この感触が、深い愛情、と言う感情なのかな、と感じました。
神社では、ちゃんと聞いてくれてるのはわかってたけれど、ちゃんと感じ取ってくれて、答えてくれて。
本当に感謝しました。
その優しさに。愛情の表れを感じさせてくれた優しさに。
日本民族は高尚 なのか??
おはようございます。
えんど です。
最近、日本人ってめちゃくちゃ業が深いんじゃないの?とか考えておりまして。
3.11の時、「ざまーみろ」とか「身から出たさび」とか、悪意に満ちた想念の多さに比べて、心配してくれる声、と言うのがどれだけ少なかったか。
それを考えると、よほど恨まれているのか、とか考えちゃいます。
実際に原発問題一つを見ても、とってもでたらめをきわめ、多くの人を犠牲にしてるじゃないですか。「無かった事」とか「知らなかったこと」とか「仕方ないじゃん」で多くの人を犠牲にする。
これって、少なくとも明治以降の日本はずっとやってきている。
しらんぷりを決め込んで、責任を放棄して、沢山の人を犠牲にしてきた。
そんな民族。
欧米人は、遣るときは明確な意図を持ってやる。
だから少なくとも責任は取る。
こういう歴史を重ねてきたら、そりゃ業も深くなるだろう、と。
スピの人たちの一部は、アセンションをするために選ばれた民族である日本人が、最初に選別されているみたいな事を言うけど、そんな事はないと思うんですよね。
えんど です。
最近、日本人ってめちゃくちゃ業が深いんじゃないの?とか考えておりまして。
3.11の時、「ざまーみろ」とか「身から出たさび」とか、悪意に満ちた想念の多さに比べて、心配してくれる声、と言うのがどれだけ少なかったか。
それを考えると、よほど恨まれているのか、とか考えちゃいます。
実際に原発問題一つを見ても、とってもでたらめをきわめ、多くの人を犠牲にしてるじゃないですか。「無かった事」とか「知らなかったこと」とか「仕方ないじゃん」で多くの人を犠牲にする。
これって、少なくとも明治以降の日本はずっとやってきている。
しらんぷりを決め込んで、責任を放棄して、沢山の人を犠牲にしてきた。
そんな民族。
欧米人は、遣るときは明確な意図を持ってやる。
だから少なくとも責任は取る。
こういう歴史を重ねてきたら、そりゃ業も深くなるだろう、と。
スピの人たちの一部は、アセンションをするために選ばれた民族である日本人が、最初に選別されているみたいな事を言うけど、そんな事はないと思うんですよね。