選択していくのは、自分であって 誰かになにかアドバイスを受けて それをどう受けとめていくかは自分次第。
誰のせいにも出来ない。
昨日(日にち間違えていた)のソウルメイトの話ずっとかんがえているんだけど、ソウルメイトだけではなくて 例えば中学生の時の部活選択だったり 高校、その後の将来、枝葉のように分かれた道を選択して今この場所にいる。
自分に1番最初の大きな選択は、中学の部活選択だった。
その部活の顧問は、例え赤いものがあってもその先生が黒だといったら黒になる世界。
学校や部活、そういうのは洗脳だとおもう。
でも、私はその顧問に洗脳されて良かったと思ってる。
その部活を10年くらい続けたのだけど、そこで出逢った人たち 良いことばかりではなかったけど 必要な選択だったんだよね。
結局何が言いたいのかと言うと
選択して、歩く、歩く、歩く。
その先になにがあるかはわからない。
きっと出逢えるはずの全てが楽しみ。
出逢いは必然、それは自分が選択しているからということ。

傷ついたり、裏切られたり それすら気がつかない。
そのためには何でも出来てしまう。
そんなものに再び出逢いたくて、わたしは歩き続けているんだな。
ということが、改めてわかったという話でした。
誰のせいにも出来ない。
昨日(日にち間違えていた)のソウルメイトの話ずっとかんがえているんだけど、ソウルメイトだけではなくて 例えば中学生の時の部活選択だったり 高校、その後の将来、枝葉のように分かれた道を選択して今この場所にいる。
自分に1番最初の大きな選択は、中学の部活選択だった。
その部活の顧問は、例え赤いものがあってもその先生が黒だといったら黒になる世界。
学校や部活、そういうのは洗脳だとおもう。
でも、私はその顧問に洗脳されて良かったと思ってる。
その部活を10年くらい続けたのだけど、そこで出逢った人たち 良いことばかりではなかったけど 必要な選択だったんだよね。
結局何が言いたいのかと言うと
選択して、歩く、歩く、歩く。
その先になにがあるかはわからない。
きっと出逢えるはずの全てが楽しみ。
出逢いは必然、それは自分が選択しているからということ。

傷ついたり、裏切られたり それすら気がつかない。
そのためには何でも出来てしまう。
そんなものに再び出逢いたくて、わたしは歩き続けているんだな。
ということが、改めてわかったという話でした。