こんにちは、夫です。
今日は巡り合せのお話。
昨日、妻と二人でメトロタウンというショッピングモールに出かけたのですが、
そこで、バンクーバーにきて、初めて出来た友達に、偶然再会しました。
2009年の3月に語学留学のためにバンクーバーにきたのですが、
語学学校の入学の日のオリエンテーションの時に、
偶然となりに座ったのが彼でした。
それをきっかけに、よく飲みに行ったりしていたのですが、
学校に通い始めて3ヶ月が立った頃、
彼は別の語学学校に通い始め、
だんだんとあう機会も減り、
私が、学校を卒業して、ワーホリになるころには、
全く会うこともなくなっていました。
FaceBookなどを通して、
彼が帰国した事や、最近バンクーバーに帰って来た事は
何となく知っていたのですが・・・
昨日、偶然にも彼とまた出会ったのです。
そういえば、彼とよく飲んでいた頃、こんな事がありました。
二人で「どこで飲もうか?」などと、相談しながら歩いていたときの話なのですが、
街で、語学学校か何かのビラ配りをしている女性がいました。
私たちは別に気に留めるでもなく、その女性の横を通り抜けていったのですが、
後ろから
「◯◯君だよね?」
とビラ配りをしていた女性の声が聞こえてきました。
私の知っている名前では無かったので、そのまま歩き続けようとしたのですが、
隣を歩いていた彼は、その声の方を振り返っています。
バンクーバーで出会ったこともあり、
下の名前で自己紹介をし合っていた為知らなかったのですが、
◯◯君というのは、彼の名字だったのです。
彼は振り返ったものの、その女性が誰なのかピンときていない様子でした。
それを察した女性が、自分が何者なのかを彼に説明していたのですが、
何と、小学校の同級生で、同じクラスにはなったことは無いらしいのですが、
一目みて彼の事を思い出し、声を掛けずにはいられなかったと言うのです。
「おっさん」である私は、
あまりにもドラマみたいな再会の仕方に興奮して、
勝手に、運命の出会いを目撃したような気になり
鳥肌をたてていたのを思い出します。
結果、そういう事にはならなかったみたいですが、
きっと彼とその女性の間には、何か特別なものがあったはずだと未だに思っています。
2年半ぶりに偶然の再会をはたした彼と私の間にも
何か(といってもロマンチックなもので無いのは確かですが)あるかな?
と思っています。
ということで、
久しぶりに飲みに誘ってみます。
という話を書いていたら、
実は私にも、何か運命的なものを感じずにはいられないような経験があったのを思い出しました。
18才の頃、
一人でアメリカに出かけた事があります。
旅行の予定は3ヶ月だったのですが、
2週間目にして全財産を無くすというハプニングに出会いました。
私がホステルのセーフティーボックスから鞄をとりだすと
中に入っていた全財産がこつ然と姿を消していました。
しかも、無知だった私は
全額現金で持ち歩くという
盗った相手からすれば、最高におめでたい日本人だったのです。
トラベラーズチェックなら再発行ができたのですが、
当時の私はトラベラーズチェックの存在も
アメリカに着くまで知りませんでした。
幸いパスポートとチケットは残っていたので、
帰る事もできたのですが、
若かった私は、
こんなにおめでたい間抜けな話を引っさげて日本に帰った時の事を想像すると、
3ヶ月の旅の門出を盛大に祝ってくれた友達に恥ずかしくて会わせる顔がない・・
と、バカな心配が頭をよぎり、(実際には、親にも心配かけたないから絶対言わんといて、といって国際電話で打ち明けたのですが、「しんどなったらいつでも帰ってこいよ」と感涙ものの言葉をくれました)限界までアメリカに残る事にしました。
と決めたものの、コネも英語力も無い私は途方にくれていたのですが、
捨てる神あれば拾う神在り、です。
同じホステルに宿泊していた、ある日本人男性が
ホステルから仕事をもらう交渉を手伝ってくれ
なんとか、客引きの仕事と引き換えに、只で部屋に泊めてもらえる事になりました。
これで、なんとかなるとおもっていたその翌日、
今度はなんと、交渉を手伝ってくれた、その日本人男性もお金がすべてなくなってしまったのです。
こうして彼と二人で貧乏サバイバル生活をはじめたのですが、
本当に沢山の方に助けて頂いて、
特に
同じホステルに長期滞在していた
あるドイツ人男性は
毎日毎日、インスタントラーメンをごちそうしてくれました。
そんな、本当に色々な人の助けのおかげで、
ふたりとも、持っていたチケットの帰国便の日を早める事なく、
旅(?)を終える事が出来ました。
が、
そんな二人とも、帰国してしばらくすると、
日本人男性とは、何故か連絡がつかなくなり、
ドイツ人男性とは、たまにメールをしていたのですが、
私の英語力が低すぎて、次第に連絡をとらないようになってしまいました。
そして、連絡が途絶えてから数年、
突然ドイツ人男性から一通のメールが来ました。
そして、そのメールには、例の日本人男性の写真が写っていたのです。
実は、音信不通になった日本人男性は帰国後、
タイに行き、ダイビングのインストラクターとして働いていたらしいのですが、
なんと、何も知らずに旅行でタイを訪れた、
そのドイツ人男性が利用したダイビングショップのインストラクターが、
偶然にも彼だったのです!!
そのメールをキッカケに、
またお互い連絡をとるようになり、25歳のときには、
ドイツで再会を果たし、ラーメンのお礼もすることができました。
その日本人男性とは未だに再会はしていないのですが、お互い忘れた頃に連絡が来るという関係が続いています。
なんかショッピングモールでの友達との再会をキッカケに、
話が膨らんでしまいましたが、
改めて、
人との出会いの不思議を感じた週末でした。
袖すり合うのも他生の縁、といいますが、
こういう出会いには他生でどんな縁があったのか気になります。
ブログを読んで下さった方
これも何かの縁ですので
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今日は巡り合せのお話。
昨日、妻と二人でメトロタウンというショッピングモールに出かけたのですが、
そこで、バンクーバーにきて、初めて出来た友達に、偶然再会しました。
2009年の3月に語学留学のためにバンクーバーにきたのですが、
語学学校の入学の日のオリエンテーションの時に、
偶然となりに座ったのが彼でした。
それをきっかけに、よく飲みに行ったりしていたのですが、
学校に通い始めて3ヶ月が立った頃、
彼は別の語学学校に通い始め、
だんだんとあう機会も減り、
私が、学校を卒業して、ワーホリになるころには、
全く会うこともなくなっていました。
FaceBookなどを通して、
彼が帰国した事や、最近バンクーバーに帰って来た事は
何となく知っていたのですが・・・
昨日、偶然にも彼とまた出会ったのです。
そういえば、彼とよく飲んでいた頃、こんな事がありました。
二人で「どこで飲もうか?」などと、相談しながら歩いていたときの話なのですが、
街で、語学学校か何かのビラ配りをしている女性がいました。
私たちは別に気に留めるでもなく、その女性の横を通り抜けていったのですが、
後ろから
「◯◯君だよね?」
とビラ配りをしていた女性の声が聞こえてきました。
私の知っている名前では無かったので、そのまま歩き続けようとしたのですが、
隣を歩いていた彼は、その声の方を振り返っています。
バンクーバーで出会ったこともあり、
下の名前で自己紹介をし合っていた為知らなかったのですが、
◯◯君というのは、彼の名字だったのです。
彼は振り返ったものの、その女性が誰なのかピンときていない様子でした。
それを察した女性が、自分が何者なのかを彼に説明していたのですが、
何と、小学校の同級生で、同じクラスにはなったことは無いらしいのですが、
一目みて彼の事を思い出し、声を掛けずにはいられなかったと言うのです。
「おっさん」である私は、
あまりにもドラマみたいな再会の仕方に興奮して、
勝手に、運命の出会いを目撃したような気になり
鳥肌をたてていたのを思い出します。
結果、そういう事にはならなかったみたいですが、
きっと彼とその女性の間には、何か特別なものがあったはずだと未だに思っています。
2年半ぶりに偶然の再会をはたした彼と私の間にも
何か(といってもロマンチックなもので無いのは確かですが)あるかな?
と思っています。
ということで、
久しぶりに飲みに誘ってみます。
という話を書いていたら、
実は私にも、何か運命的なものを感じずにはいられないような経験があったのを思い出しました。
18才の頃、
一人でアメリカに出かけた事があります。
旅行の予定は3ヶ月だったのですが、
2週間目にして全財産を無くすというハプニングに出会いました。
私がホステルのセーフティーボックスから鞄をとりだすと
中に入っていた全財産がこつ然と姿を消していました。
しかも、無知だった私は
全額現金で持ち歩くという
盗った相手からすれば、最高におめでたい日本人だったのです。
トラベラーズチェックなら再発行ができたのですが、
当時の私はトラベラーズチェックの存在も
アメリカに着くまで知りませんでした。
幸いパスポートとチケットは残っていたので、
帰る事もできたのですが、
若かった私は、
こんなにおめでたい間抜けな話を引っさげて日本に帰った時の事を想像すると、
3ヶ月の旅の門出を盛大に祝ってくれた友達に恥ずかしくて会わせる顔がない・・
と、バカな心配が頭をよぎり、(実際には、親にも心配かけたないから絶対言わんといて、といって国際電話で打ち明けたのですが、「しんどなったらいつでも帰ってこいよ」と感涙ものの言葉をくれました)限界までアメリカに残る事にしました。
と決めたものの、コネも英語力も無い私は途方にくれていたのですが、
捨てる神あれば拾う神在り、です。
同じホステルに宿泊していた、ある日本人男性が
ホステルから仕事をもらう交渉を手伝ってくれ
なんとか、客引きの仕事と引き換えに、只で部屋に泊めてもらえる事になりました。
これで、なんとかなるとおもっていたその翌日、
今度はなんと、交渉を手伝ってくれた、その日本人男性もお金がすべてなくなってしまったのです。
こうして彼と二人で貧乏サバイバル生活をはじめたのですが、
本当に沢山の方に助けて頂いて、
特に
同じホステルに長期滞在していた
あるドイツ人男性は
毎日毎日、インスタントラーメンをごちそうしてくれました。
そんな、本当に色々な人の助けのおかげで、
ふたりとも、持っていたチケットの帰国便の日を早める事なく、
旅(?)を終える事が出来ました。
が、
そんな二人とも、帰国してしばらくすると、
日本人男性とは、何故か連絡がつかなくなり、
ドイツ人男性とは、たまにメールをしていたのですが、
私の英語力が低すぎて、次第に連絡をとらないようになってしまいました。
そして、連絡が途絶えてから数年、
突然ドイツ人男性から一通のメールが来ました。
そして、そのメールには、例の日本人男性の写真が写っていたのです。
実は、音信不通になった日本人男性は帰国後、
タイに行き、ダイビングのインストラクターとして働いていたらしいのですが、
なんと、何も知らずに旅行でタイを訪れた、
そのドイツ人男性が利用したダイビングショップのインストラクターが、
偶然にも彼だったのです!!
そのメールをキッカケに、
またお互い連絡をとるようになり、25歳のときには、
ドイツで再会を果たし、ラーメンのお礼もすることができました。
その日本人男性とは未だに再会はしていないのですが、お互い忘れた頃に連絡が来るという関係が続いています。
なんかショッピングモールでの友達との再会をキッカケに、
話が膨らんでしまいましたが、
改めて、
人との出会いの不思議を感じた週末でした。
袖すり合うのも他生の縁、といいますが、
こういう出会いには他生でどんな縁があったのか気になります。
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