これについては、記録に残しておかなければと思い書くことにしました。
出資を決めたのは、シルクの募集馬カタログを見ていて、馬体がダート向きであり、サウスヴィグラス産駒でダート短距離での活躍を期待して、同年募集のゴールドアリュール産駒の牡馬と悩んだ結果当時の表記でストーリーテリングの13に出資申し込みしたのがこの馬と過ごす時間の始まりでした。
馬体が大きくデビューまでに頓挫が続きましたが、ダート短距離まだまだこれからと楽観視していました。
入厩して直ぐにゲート試験に合格。
その後、仕上げる為に天栄放牧も、馬体重が減ってはリバウンドし思ったように馬体が絞れない為厩舎で調整しながらデビュー、そして勝ち上がりを目指すと木村調教師が決断し美浦の木村厩舎で調整されます。
馬房調整し厩舎で面倒みてくれた木村調教師には感謝しか有りません。
その前の世代でゲート試験合格に4回も掛かるは、ことあるごとに馬房調整を理由に放置してくれた栗東の誰かさんの対応があった翌年に木村調教師が逆に未勝利のショットガンニングを何とかしようとしてくれた事が有り難くてなりませんでした。
そして、使いながら育てる為デビュー戦はメンバーを見極めて出走させるとのアナウンスがありました。
そして、木村調教師が選択したデビュー戦は、2016年5月1日東京3Rでした。
木村調教師のレース選択がハマりメンバーはかなり手薄でした。しかも鞍上には私のJRAイチオシの戸崎を擁して出走と発表されました。
いやが上にも期待は高まります。
クラブからの近況には、期待しすぎはダメと釘を刺すような内容でした。
レース前日はダイスポを久々に買って確認するほどでした。
レースはリアルタイムでは観ていません。
レース後、JRAの出馬表ページに4R変更ありと表示された為確認すると、戸崎の乗り替わりが発表されていました。
その時点でショットガンニングに何かあり競争中止したと確信しました。
レース結果を確認すると、思った通り競争中止の成績でした。
レースを再生しました。最後の直線まで次走に繋がるかなと思いながら、いつ競争中止するかと思いながら観ていました。
残り100メートル付近で膝をつくように崩れ落ちました。ばんえい競馬で二号障害で膝を付くくらいなら競争能力に影響しませんが、サラブレッドのレースで地面に膝がつく時点でほぼ終わりを意味します。
もうショットガンニングのレースは観られない事を確信しました。
公式の発表を待ちきれず、net keibaの掲示板を開き投稿を確認しました。
投稿に馬運車、ビニールシートの文字が目に飛び込んできました。
その二つの文字を見て発表されていませんが、予後不良、安楽死の処置が執られたことを悟りました。
そして、昼過ぎクラブのFBにて予後不良、安楽死の処置を執った旨の掲載がなされました。
常日頃から私は、一口馬主とは言わず競争馬ファンドと書いています。
ファンドとしてみれば競争中の事故で予後不良、安楽死処置が投資としては一番良い結果と書いたり発言してきました。
しかし、実際に出資馬がレース中の予後不良を経験すると、残念な気持ちや悲しい気持ちがあります。
しかし、落ち込んでばかりでは居られません。
そんな時に、競争馬ファンドとしては出資者孝行をしてくれたと考える事で、落ち込まずに済んだのは事実です。
なかなか割り切れない性格の私にとっては馬主には向かず競争馬ファンドが合っているのでしょう。
私が初めてこの馬だと考え出資したショットガンニングがイロイロ教えてくれました。
ありがとう。お疲れ様。ショットガンニング。
東京競馬場に行った際は、真っ先に馬頭観音にお参りして、ゴールから100メートル付近に行きたいと思います。
ショットガンニングの冥福を祈って。

写真はクラブFBより引用
最後になりましたが応援してくれた皆様ありがとうございました。
