父が「俺の言葉に間違いはない」と胸を張って言っていたところを見ました。

その言葉に2つの考えが浮かびました。

それは、

自信をもっていってい  | 今までそういった言葉 るのに家族にしか言え  | を言って自分を励まし  ないのか、弱い人間が  | て生きてきたのか。ま  言う言葉なんだな 。     | ぁどうでもいいか。

て思いました。2つの気持ち的には蔑みな哀れみと言った思いになりそうですが。

私は構わないと思います。
だって人間だし誰にだって悪いことを思います。
親を尊敬しろだの文句をいってはいけないなど、子供の時に言われたりした人も少なくないと思いますけど。

親に対する苛立ちを我慢した結果、他人に八つ当たりしたりするかもしれないです。

親たちは自分達が攻められないことやそれが常識だと思って子供に教えているように思えます。

ですが私は年齢上下男女関係なく何でも言い合える方が文句が減っていくんじゃないかと思います。

年功序列だったり親子だったり兄弟 姉妹 でもタメ口で楽しく話している方が堅苦しくなく柔らかくいられると思います。

私はそう思います。

父が俺の言葉に間違いはないと言っているのは、彼なりの意思なんだと思います。
彼も社会の被害者である以上家族に強く出たがるのかもしれないです。

社会はまだまだ蟠りを抱えて生きています。

楽しく過ごすためには、一度ても心の叫びを聞いてもらったり、聞いてあげて欲しいです。

見ていただき有難う御座います。
(*- -)(*_ _) 
小さい頃は興味があるものは好きなもののように思ってました。

しかし大人になってくると正直好きってなに?
と、思い始めました。

異性の人や趣味などはかわいいとかかっこいいとか綺麗とか趣味でも面白そうとかはありますが、好きなのかと聞かれると疑問に思ってしまいます。

将来結婚などした方が良いとおらも言いますが。好きもわからない人間がどうやって好きと言えば良いのか、中身のない気持ちを伝えても相手に悪いと思います。

しかしながらそれても良いじゃないかと思います。
人生何も正しいとかはなく間違っていることもない、ただ、今を楽しみたいと思う。
お疲れ様です。

仕事が終わっていつものように帰宅して、ふと思ったことがあります。

自分の嫌いな人て何かと忘れられない、そんな感じで忘れようと思うと嫌いな人のことを考えるので普段より余計に苛立ちます。

でもこの世の生命をもらった人たちて数えるのも嫌になるほどいますからたかが嫌いな人ひとりに困る必要ないなと、思いました。

すると今までの苛立ちが無くなり嫌いな人を哀れんでいることに気がつきました。

どんな浅い人生でもどんな深い人生でもこの世の時間で大したことがないんだと思います。