それほどディープな読者というわけでもないのですが
貴重な情報源の一つにWIRED.jpというサイトがあります。
そのフィードの中から気になるエントリーが…
→ ニール・ヤングはなぜMP3を嫌うか
日頃英会話に触れずに育った日本人の耳というのは
英語の発音の中で、日本語に含まれない
日本語目線から見ると、特殊な発音といえる音を
認識しにくく成長する…というお話をどこかで聞いたことがあります。
生まれたばかりの赤ちゃんは、
様々な音を聴き分けられる能力が備わっているんだけれども
成長の過程で必要な能力は残り、不要な能力は淘汰されていると。
そんな成長の中で、親や周囲の会話などから
耳にする音を中心に認識するようになるので
やがては、聞きなれない外国語特有の発音に含まれる音を
聴き分ける能力が弱くなっているのかもしれないわけです。
まぁまぁ、この説につきましては賛否ありましても
ここでは深く追求はしません。
ただ、人は日常的に利用しない能力が衰えていくという
ひとつの例として挙げさせて頂きました。
別に聴き分ける能力以外にも
運動能力だとか嗅ぎ分ける能力や味覚なんかでも
本当にシビアな判定をするようなことが日常的になければ
そんな研ぎ澄まされた感覚は鈍っていくことはあり得ると思います。
ここまでで、ご賛同いただけた場合のみ
続きへとお進みいただければと思います(笑)
別に、細かい事は言いませんが
ここまでのお話に丸乗りではなくともある程度歩み寄ってもらえないと
この先は面白くもなければ、時間の無駄となってしまうと思います。
で、ニール・ヤングのお話です。
ニール・ヤングがmp3につけている因縁とはまたちょっと違うのですが
デジタル化された音楽は、犠牲にした音質と共に人に与える感動までも
削ぎ落してしまっているのではないか?なんて心配になったのです。
そもそも、人の耳というのはすべての帯域を聴き分けられるわけではありません。
(20Hz~20kHz(理論的には22.05kHzらしい)の間を認識できれば
上出来位のものだったと思います)
そして、その聴き分けられる帯域は年齢と共に狭くなっていき
ある程度の年になってしまいますと、若い頃に聴き取れた音が
聴き取れなくなるようになってしまうわけです。
何が言いたいか、といいますと
人間、元々全ての音を聞き取れているわけではない。
この点を再確認したかっただけです。
では、そんな不完全とも言える器官「耳」を駆使して楽しむ音楽は
聴き取れるであろう範囲の周波数だけを
再生することが出来ればいいのか?という点が気になるわけです。
mp3よりもCD。
CDよりもDVD(もしくはSACDなどなど)
音を記録するデジタルデータは人の聴き取れる以上に
全ての音声を収録することが出来ているわけです。
(聴き取れる以上の帯域も音として認識はしなくとも
その影響を感じ取ることは出来ているという説もあります)
ただ、現実的にデータの量や音質のバランスを取って
ある程度軽いデータ量で、そこそこ聴ける音質に落ち着いている。
それでも、人の聴き分けられるとされる周波数帯域は
充分にカバーされているです。
それに比べ、アナログレコードは性能的に全然及びません。
(尽きない論争はございますが、一般論としてこの方向で…)
ところが、スペック的に劣るとされているアナログレコードのほうが
音がいい!という評価を未だに受けているのです。
(最近ではアナログレコードの再生環境が珍しくなっていますが…)
音をデータ化して収録しているデジタルデータの
スペック論争そのものが実はナンセンスなのではないか?
そんな疑問がふと頭をよぎるのです。
メディアにハイスペックのデータが保存されているとしても
再生環境が整っていなければ、そもそも再生されない音も出てくる。
(アンプやスピーカーなどのパーツごとの性能がボトルネックになる)
アナログレコードから感じられた音の温かみだとか
音の迫力だとか、客観的に評価できていない部分に
音楽の感動を伝える要素が含まれており
デジタル化された音源が主流となってきた現状
そもそも音楽の本当の感動は再現されていないのではないか?
なんともとりとめのなく、まとまりのない疑問ではありますが
果たして伝わっておりますでしょうか(笑)
アナログレコードが伝えてきた感動よりも
生演奏から得られる感動のほうが、また何倍も
何十倍も大きいものだったりするわけです。
そう考えると、ひょっとして音楽から得られる感動は
果たして耳からだけではないのか?
そこまで行ってしまうと、ちょっと主旨が違ってきますかね(笑)
しかしながら、アナログレコードにはCDでは得られない感動がある。
そう言い伝えるおっさん(失礼!)が、たくさんいらっしゃるのも事実なわけです。
ひょっとしたらアナログレコードの再生環境に秘密があるのか?
真空管の入ったアンプで再生するのがいいのか?
だとしたら、以前見かけたiPod用のプリアンプを使えば
ちょっとは感動も違ってくるかもしれない!
ビンテージのスピーカーケーブルに秘密があるのか!?
有毒な素材が含まれていたりして生産されてないぞwww
アナログからデジタルへ変換され保存されたデータは
デジタルからアナログへと再変換され再生されるワケです。
その再変換の際に、温かみを加えてやる事で
周波数帯域やビットレートに含まれない何かを再現できるかもしれない。
それならニール・ヤングもちょっとは多めに見てはくれませんかね?
たしか、坂本教授もmp3は最低でもビットレートが
320kbps必要だ…みたいな記述を見かけましたが
引用元が見つけられませんでした(笑)
ん~、なんだかだらだらと小難しい話しでここまで来てしまいましたが
つまりは、音楽の感動を聴き取るというか、感じ取るためには
収録されているデータのスペックだけにとらわれるのではなく
再生機器のスペックにも大きく注目してみる必要があるのでは?
そんな事が気になってきたわけです。
わたくしの耳は、おそらく大したことないので
ニール・ヤングさんや坂本教授の仰られる違いに
ブラインドテストをして判断できないと思いますから
是非、こういった違いの判る大御所たちを一同に集め
取り急ぎ、代表的なスペックで音源を用意し
そして更に、再生環境をいくつか用意して
プラインドテストしていただきたい。
真空管を使ったプリアンプやパワーアンプ
トランジスタのプリアンプやパワーアンプなどなど組みわせ
もちろん、スピーカーによる音質の変化もあるでしょうから
その辺も、ある程度代表的なものからしょぼいものも含めて(笑)
そういった再生環境にボーダーラインを引いて欲しい。
そこまでやっても尚、音楽の感動が伝わってこないのだとしたら
アナログレコードを復活させないと、これからオトナになっていく世代が
音楽に感動し、共感し、人生に彩りを添える事がなくなってしまう。
想い出は、その当時聴いた音楽と共に振り返ることで
3割増しの輝きを得られると思います。
場合によってはもっと大きな影響があるかもしれません。
音楽がもたらしてくれる感動を記録して
再現できる方法を見失ってしまったら
それこそ本当に、一番古いマクロスに出てきた宇宙人のような
文化を失った世界が当たり前になってしまうかもしれません。
本当ならば、生演奏を楽しむ習慣が大衆化して欲しい所ではあるのですが
せめてまずは音楽を、流行り廃りで軽くあしらわれるデータとしての扱いから
いろんな刺激を与えてくれる、もっと存在感の感じられる扱いに
軌道修正することから始めないと
音楽がいつまでも売れない時代を脱却できないのかもしれません。
先日投稿した売れない理由の記事では
いいものが発売されていないから売れないのか?みたいな話をしましたが
実は、良い物を見分けられる人利き分け(敢えて利き酒の利き)られる人が
少なくなってしまっているのかもしれないと
その病巣の深さが心配になってきた今日この頃です。
本気の再生環境を備えたジャズ喫茶やBARの経営者さんにも
是非多くの人に、本当のいい音を伝えて行っていただきたいものです。
本気のアンプやスピーカーってなかなか個人では楽しめない時代ですからね…