善いことをするのは
とても気分が良い

相手には感謝されるし
周りには感心される

しかし偽善者だと笑う人間も居る

そりゃ善いことをする理由
たてまえというものは
確かにあると思う

しかし善いことをするってこと自体に勇気が必要だと思うのだ

それは日本国民の大多数が
善い人以前に偽善者になる勇気すら持ってないからなのかもしれない

善行ってのはもともと特別な事ではなくて
当たり前の事だったはずなのにな


きっと偽善者って言葉が
今の日本の風潮を作ってるのかもしれない


善行も偽善も
人の役に立っている
ということは変わらない

たとえ偽善者に利益が生じても
偽善という善行を行わなければ
有り得なかったリターンな訳で

それはそれで当然だと思う


俺は偽善者でも良いから
善行を笑う人にはなりたくはない


おしまい