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ありのままの自分で

自分の気持ちに偽ったり、自分の気持ちに反する行動をとるのはもう辞めよう。


そう誓った2006年の初め。

ずっとひきずっていた気持ちに気付いてその気持ちが吹っ切れた今。。。。

もう迷うことはないだろう・・と自分に問いかけてみた。


焦ったっていい事ないのもアタシが一番よくわかっている。


別れた男の背中を見つめ続けるのはいいかもしれないけれど、

その背中を見つめるのが寂しくて辛くて他の男でその気持ちをごまかすのはもっと辛いんだって・・・


気付いた。。。


いまさらながら。。。


素直になるってそんな難しいことじゃないと思う。

一歩勇気を出して歩いていこう・・・・


喧嘩上等!

喧嘩するほど仲がいいって云うけれど・・・・それってどうなの?!


よくわからないやっww

真剣にぶつかれる相手がいるってことは幸せなことだと思う。

特にネットでであった人ってのはなかなか信頼できないからねw


真剣に怒られたり、真剣に何かを云ってくれる人ってそういないって思う。

だからそういう人ほど大事にしなきゃって思うけれど、相手の姿がドンドン見えなくなる。

それだけアタシの中で大事にしたいって思った人なんだと思う。


自分のわがままでそばにおいておきたいだけなのか?

大事にするってことの意味がわからなくなってきたw

甘やかすんじゃなくて、相手のことを考えてあげることが大事にするってことなんだろうけれど、自分が相手のことを考えていても相手にとっては邪魔だったりする。。。


相手の事を考えてるんじゃなくて、自分のしたいことを考えてるだけなのかもしれない・・って思ってみたり。


んー、相手のことを大事にするってどういうことなんだろうね。

おもいっきり相手にぶつかっていけるってことは素晴らしいことだって思うけれど・・・



言葉で伝える難しさ

言葉って一つ云い間違えるとうまく伝わらない。

人には色んな受け方があって、云い方があって、その上でコミュニケーションが成り立つ。


難しく考えるとキリがないんだろうけれど。。。。。

やっぱり考えちゃった><


一回伝えられなかったことをちゃんと伝えようとするのに一生懸命になることに疲れてきた。。。

どんなに声を振り絞って叫んでも伝わらない。伝えられない。


これってどういうことなんだろう。。。自問自答することが続いた。


アタシの中では解決できないことだった。

そして。。。。。。。。胃を壊すw


人に他人に意見をゆだねて出た答え。

『相手が聞く耳を持ってない』  『相手が単にバカなだけ』  『お前が聞き流せない』・・・・。

これいずれも聞いた人みんな答え一致=□○_パタッ


聞き流すことってそんな難しくないんだろうけれど、そういう術をもってないアタシにとって苦戦する術。

これからの自分のためにも身に着けたい。。。そう思いますw

人と向き合うこと

アタシは社会人になってからずっと福祉という世界に携わっている。
元々ナースになりたかったアタシは突発性難聴という病気で断念することになった。それでも、人と関わる仕事がしたい、医療福祉に携わっていたいそう思ったのがきっかけw

どんなに相手のことを思っても解らないもんはわからね(┯_┯)
むしろ解ろうとする方が無理なんだと思うw

人と解りあうことってすごく難しい><
出会いってのは、何かしらの意味があるんだろうけれどお互いに歩み寄ろうって気持ちがないならダメなんじゃないかしら?と思うこのごろ。。。

もうねー、人と関わることがこんなにもめんどくさかったのか?と思う=□○_パタッ
致命傷ですこれ。。。( 。-ω-)アセ

心の扉ってのは簡単に開くにはでら時間かかる。。。
根気と努力、そして忍耐のいる仕事だなぁってつくづく思うw

だけど福祉に限らずアタシは『クールな目・あったかい心・健康な体』この3つはってやっぱ大事だなって・・・( = =)

仕事に限らず人って同じ環境で育ってないと分かり合うってなんか凄く難しい。
でも、時にはぶつかって喧嘩したり話し合っていくことって大事だなーって思わされました。。。。。。。。。

心の扉

社会に出てまだ6年。色んな経験を多少は積んだと思うけれど、未熟な部分が多々ある。
そのケースが終わって『これでよかったんだろうか』と悩むことも多い。

福祉は知性、感性がよく問われる仕事だと云う。
知性は教養や学問で身につける事ではないもので、人に対する心配りを、或いは人を不愉快にさせない常識をどれだけ持っているかに本当の知性が問われるもんだという事を教えられた機会があった。
感性は自分が色んなものに触れて、見て、聞いて感じるものだから、現場で学べることも多いと思う。むしろ現場で学ぶことの方が多い。

学生は学校で勉強することが基本だけれど、人と関わる仕事っていうのは教養や学問をどんなにもっていてもダメだって思う。
100%ダメだとは思わないけれど、大事なのは『相手の気持ちをどこまで汲み取れるか?』何より、相手の気持ちを汲み取ろうとする姿勢が大事なんだと思う。


現場で、利用者の行動が理解できなくなったら・・・利用者とすれ違ったら・・・まず心の声を聞いてみてください。

コミュニケーションは言葉だけじゃないことを学べるはずです。
アタシ達は日ごろ『言葉に頼りすぎている』そのことに気付くはずです。
自分が相手を信頼できると確信してはじめて、相手はあなたから信頼されている事を知ることが出来るのだと思います。

喧嘩

人と出会うことは何かしらの意味がある。

でも、出会ったあとお互いに歩み寄ろうという気持ちがなかったら解りあえない。


片一方が頑張ってもしょうがないんだよね。

時にはぶつかって喧嘩をすることも大事だけど、対等に話しができなかったり、片一方が見下すような態度なら何の話し合いにもならない。


喧嘩をするというのは、向き合ってるという姿勢だと思う。

この向き合ってる姿勢から受け入れることがお互いにできないと意味がない。


合わない人とは合わない。

だけど、努力すること許すことはできるんじゃないだろうか?


人に自分の思いをぶつけることほどエネルギーを使うことはない。。。そう思う。

いい喧嘩をしないと無駄な労力を使って自分が疲れるだけ。。。そうじゃないかなぁ。。。


まぁ、アタシはわからずやは限界来たら放置しますけどね♪





好き

自分のことを好きだと思える気持ち。
これは自分から受け取ることの出来る最高のプレゼント。


自分の良さに気づき自分を信じることが出来れば、心は満たされて安心する・・・
その一方で、自分の欠点に気づきそれを受け入れるためには強さと冷静さが必要だ。


我々が一人の人間として完成される人格形成の時期は、思春期に始まり青年期に頂点を迎える。

そして、さまざまな経験を積んで人格を深めていく。
自分はもう立派な大人♪だなんて思っていても, 一生何かを学び続け精神的に成長していく。

人生の数々の段階で我々は新しい人々に出会い、新しい経験をし、そこから考え方や感じ方を身につけていく。。。
人生の道のりはより大きくより豊かに成長させてくれる。


新しい経験をするたび、今まで気づかなかった自分に気づくこともある。
今までの生き方を違った目でみることもできるようになる。
今より若かった頃、いろんな悩みを抱えて悩んだことはないだろうか。


だけど、人間は一人ひとりみんな違う。
あなたは人とは違う、そして人はあなたとは違う。


この『違い』をすばらしいと思えること、それが大事なことじゃないだろうか。
この違いと一緒に自分の悪いところに目を向け、それを受容する。


バランスをとるために、自分のどこを変身させたいかどうすれば変身できるか考えてみる。
イメージしたときの自分の気持ちとその感覚を大事に思い巡らせてその気持ちに正直になれば、変身できるんじゃないだろうか。。。

人との違いを認め、それを大事にすること。
同時に変わることを恐れずやわらかい心を持ち続けること。。。
これが何よりも大事なことではないだろうか。。。。


人生の変化を楽しみ、さまざまな出来事を楽しみ素敵な人生を送りたいね♪

辞めるときって。。。

人が辞めるのに理由はいるのだろうか?アタシは理由なんてないと思う。
「辞めたいから」ってひとつの理由だけだと思う。
しかし引きとめようとする側はそうはいかない。どうにか改善できると信じて相手を説得しようとする。それにうんざりして残る人もいるだろう。

大事なのは人の意思である。辞めたいのだから辞めさせてあげてもいいんじゃないのか?冷酷だと思うかもしれないが、そうではない。人は深く傷つき疲れたときほど何も語らない。雄弁に不満を語るのは、心から辞めたいと思っている人ではないと思う。
『沈黙は金雄弁は銀』という言葉があるようにw

理由を聞いて話すことでその場で居心地をよくするのか?それとも、黙っていたことを全てぶちまけるのか?たとえ自分にかかわりが無い事や人物への怒りであろうとも、生の感情を受け続けるのは想像のつかない忍耐や気力がいるんじゃないのかね?

優しい人は嘘の理由を言ってくれるかもしれない。だけど優しい人でも疲れてしまえば余裕がなくなる。不満を人に語らずに辞めていく人はそれでも尚優しさを忘れず、相手の立場になって本来の優しさを示してくれていると思う。

本当の優しさってなんでしょう。。。

それを「アタシを嫌いになったならイイです」とか言うのは、脅迫に近いのではないだろうか。辛い思いの人に無理やり、「理由を言え」というのと変わらないのではないだろうか。私は、見てみないフリをしてあげることも心遣いなのでは無いだろうかと考えるのだ。

アタシはソーシャルワーカーとして福祉の仕事をしている。
色んな境遇の人がいて、家族へ言えない不満をぶつけてくる人も当然いる。
アタシは沢山の話を聞いてきているけど、完全な解決方法なんて無い。長い時間をかけて話を聞いてあげる。そうすると相手の心は和み一時のものかもしれないが心の平安を得ることができるのだ。

しかし、中には「アタシの辛さなんて経験してないあんたに解るはずが無い」と断言をし毒を吐く人もいる。私は全ての人の境遇を理解しようという努力はしているが、アタシにもそんな力は到底ない。
人はそれぞれの考えや思いを持つ生き物である。
その人の考えや思いに近づけたとしても完全にその人になりきれるわけではない。

相手の立場になって物事を考える。
これは福祉界だけではなく人としての『思いやり』の基本じゃないだろうか?

信頼関係とは簡単に築けるものではない。
アタシの好きな言葉の一つが『一期一会』
人との出会いはそのときだけの出会いというのも当然ある。
アタシの魅力に気付いてそれでもアタシと接したい。。。そう思ってくれる人がいれば、またアタシを頼りアタシに帰ってきてくれる。。。それがホント出会いだとアタシは思う。

押し付けて追いかけてそれで人間関係信頼関係ができるならそれはホンモノじゃないと思う。。。。ww

感動というエネルギー

赤ちゃんだった頃のことを覚えてる人はいない。
初めてこの世というものを見て、ママの顔をみたときののこと、初めて歩いた日のこと、初めて手を振った日のこと・・・もう何も覚えていません。

赤ちゃんはからだ全体で自分を表現する。
アタシもみんなもかつてはそんな赤ちゃんでした。

けれど、、、今では大人になってしまいました。。。
できるだけ喜怒哀楽は出さないように、できるだけ気持ちを抑えるようにして暮らしています。
外から見たら何を考えているかわからないんじゃない?

それが、大人であること、礼儀をわきまえることだと思う。

でも、子供は違う。
あるがまま、心のままに生きている。今やっていることに夢中になる。本当に子供はエネルギーの塊だなぁって思う。
好奇心いっぱいでその感動を全身で表す。アタシも子供と一緒に泣いたり笑ったりできたらどんなにいいかなぁ。。。w

感動はひとつのエネルギー。
子供はエネルギーに溢れているから元気いっぱい♪
大人もこんな子供を見習って子供のように感動しそれを体全体で表せたら気持ちいいのになぁ。。。。w

プライド

絶対中途半端な行動はしたくない
半端な行動するならしないほうがマシ

変なプライドとかいらねー

プライドは持ってていいものだ。
だけど、それが大切なプライドかそれとも自分にとってマイナスになるプライドかって差だろうなって思う。
少なくてもあたしは無駄なプライドはこれからもがんばって排除したいって思うしこれからもその努力はしたい。

センスとかさ天性のものってどんな職業でもあると思う。
それが備わってることに自分で気付いてしまったら終わり、人間成長しなくなる。
気付いても気付かないふりして人一倍努力してる人がほんとにかっこいいんだって思う。