小学館のスピリッツで掲載された「美味しんぼ」の鼻血描写に数々の意見が寄せられている中、その真相を少し考えて見ようと思う。

雁屋哲さんが面白半分でフィクション漫画を書いたのか?

真っ向本気のノンフィクションを漫画で伝えたかったのか?

この部分が多くの方の疑問や問題に繋がったのだろう


そもそも美味しんぼの描写に問題があるのかないのか。

政治家もでてくるほどの問題になった割には科学的答えもでず、法的手段に訴える人もいない

そんな中一体何を考えなくてはならなかったのか
その答えを導きださない限り真実には辿りつけないと思っている。

先週の日曜日に見た大阪の番組(そこまで言っていいんかい)でもこの話題にスポットをあて話し合いが行われていた。

眼鏡の人「あいつは朝鮮人の嘘つきだ」 と言わんばかりの反論
または「言っている仮説がどうのこうの」

全体としては否定7割肯定3割ぐらいの流れだっただろうか。。
途中から聞くにあたいしなかったので見ていなかったが

全体として日本社会はこの問題に対し、「言論の自由」のどうのこうのに落とし込みたいのだろう
そうする事で見えなくなる問題があるのならそうする!と情報機関も政府も宣言したように感じた。

だからこそ今ほそぼそと、昔作ったアカウントを引っぱりだし筆を走らせ、、いやキーボードを走らせ言論の自由を行使しようと思った次第だ



まず考えてみよう


今回の美味しんぼの話を

そして現状の原発の状況を考えてみよう



先ほど紹介した大阪の番組では、福島の被爆は32ミリシーベルト程度であったと言われており、鼻血が出るのは500ミリシーベルトを越えてからだと(良く知らんが)
言っていた。

そもそも平均的に被爆したのか?

いやいや、あの当時政府が全ての情報を隠し発表しなかったからどの程度の被爆が会ったのかも分からないのでは?

被爆が問題ないならなぜ隠した?

だれが本当の事を言っていた?

鼻血が出ないといいきれるのか?

鼻血という現象を伝えたかったのか、体に被曝した現象が現れると伝えたかったのか考えているか?


今考えても分からない問題づくしであるのに、なぜ全ての人が鼻血が関係がないと断言できるんだろうか。。何度考えてもわからない


真実は遠い世界にはなく今ある現実の先にしか現れない

誰が真実をいっているのかではなく

真実は今ある現実だけなのではないか


政治家にも 頭の悪そうなコメンテーター 頭だけの科学者達に聞きたいことがある




本当に原発の格納容器に核燃料はあるの?

誰もまだ確認が出来ず、ただ水を入れる事しかできない現実の前に、だれか教えて欲しい

地震の後の爆発により核燃料が飛んだ事はかんがえられないのか?

あの規模の爆発で飛ぶはずはないなんて言い切る奴は、コーラのペットボトルにメントスでもいれて実験してみるがいい(ジョークね)

もし!もしだ!

もうすでに格納容器には核燃料が半分程度しか残っていなくて、先の爆発で燃料の半分がどこかに飛んでしまっていたら

人はその飛んできた小さな小石の近くで少しでも過ごした場合どんな状況になるのだろう

考えたくもないがそれが今だとしたら

だれもロボットを早く作って中を確認をしようともしないのはなぜ?

国を挙げてやらないのはなぜ?

3年たった今 なぜまだ中の確認もせず水ばかりをいれるのか?

水で流れたのだ! といわんばかりの言い訳でも作っているの?

そんな事言ったら風評??

風評で上等

殺人の肩をもつぐらいならば風評でもいい

もし仮に原子炉に核燃料が全て眠っているのであれば

土下座でもして皆様がたにあやまりたいと思う。


しかし 何も変わらない3.年間の間に すでに風化していく原子炉事故を無かった事のようにすごさせるようにしむける力にどうしても違和感を感じてならない

責任を押しつけ、大丈夫だといいながら殺人をおかし、忘れた頃にそれは因果関係はないなどとほざく奴らに胸がざわめく

いったいこの日本はどうなってゆくのだろうか

子供達に責任を擦り付け、誰かに責任をなすりつけ、人の誇りを捨てた先に未来は輝くのだろうか。



最後に「美味しんぼ」の真実は

①今一度 原子炉(原発)に対して目を向けた
②被爆と被曝の違いを知るきっかけになった
③現日本人の被曝に対しての安易な思考のマインドコントロールの進捗状況が分かった
④原発がなんの進展も無い中政府は既に終わったことのように文句をいうようになった(原爆の時と同じで、被曝者認定をしたくないと分かった)

このぐらいだろう。

今回本当に考えななければならなかった事は、もし鼻血が出るとしたらどんな状況下なら起こったのか?
ぐらいではなかろうか

誰にも答えは分からないが、批判や肯定などする時間があるならば絶対に原子炉の中を確認するべきだ。

私の考えとしては、蓋を空けたあとすべての人が今思う最悪の状況よりもっともひどいものになっていると考えている。


この答えはまだまだ分からないだろうが、最悪の状況を考え最善を尽くすことをするべきであろう



それが大地震・大津波によって私たちが得た心得ではなかろうか