mixi依存症
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060721-00000069-zdn_n-sci
ヤフーニュース
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SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)「mixi」で頻繁に日記を書き、多くの「マイミク」と交流 している人が、コミュニケーションに疲れ切ってmixiを突然辞めてしまう――「mixi疲れ」とでも 呼ぶべきこんな“症状”が、一部のmixiユーザーに見られている。
自ら好んでmixiに参加し、コミュニケーションしているはずなのに、辞めたいほど疲れてしまう のはなぜなのだろうか。SNSのコミュニケーション心理に詳しい野村総合研究所上席研究員の 山崎秀夫さんに聞いた。
●やめられない、止まらない
「日記を書いてから5分以上レスが付かないとそわそわします。病気かもしれません」
――mixiユーザーの中村初生さんは自らを「mixi依存症」と認め、2004年のある日記にこう書いた。
当時の中村さんは、ほぼ毎日日記を書き、友人からのコメントにも欠かさず返事していた。
mixi日記は、ユーザーによっては、一度書き始めると止められなくなってしまう。
日記へのコメント機能やアクセス履歴を表示する「あしあと」機能が、ユーザーに「快感」を 引き起こさせるためと、山崎さんは説明する。
自分の日記にあしあとやコメントが付くと、周囲から認められたという「認知欲求」、
自分を受け入れて欲しいという「親和欲求」が満たされ、それが快感になるという。好意を 持っていたり、尊敬している相手からあしあとやコメントが付くと、さらに高い快感が得られる ため、快感を求めて日記を更新し続けるという“中毒”症状につながる。
(中略)
つまり「コメント欲しさに日記を書く」→「コメントが付いて嬉しくなる」→「コメントをくれた人の 日記にもコメントを返す」→「自分の日記へのコメントが途絶えると、コメント欲しさに新たに 日記を書く」──というサイクルが際限なく続くのが“mixi日記中毒”の正体と言える。
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ネットによる人間関係の「摩擦係数」の低下ということを読んだが(宮台)、
こういう言葉を見ると、ポランニ―の「暗黙知」をおもいだす。
それは後期フーコーのような実存をかけた概念だったのだろうか。
ポランニーはけっこーギリシア哲学から影響受けていたかもしれない。
鈴木あみの時代になると、携帯の着信ないから落ち込むという。
松浦亜弥は、メールを覚えることと下北の探索を並列に語り、彼氏に会うよりメールで気持ちを伝えることに苦心する。
星井七瀬は、恋愛をシミュレーションしまくる。
これをセンチメンタルに捉えることは、回避したい。というより、心の延長上にネットができたと。
そう解釈したい。飛脚の変わりに飛行機ができたみたいな感じで。
インターネットの言葉は、言葉・エクリチュールというより、その日の天気具合の
挨拶に同等。
問題は、ネットはスレッド文化指向でありがちだが、それを無理にとは言わないが、
コミュ文化指向に向けたのは、まだまだ依存症と言われる齟齬を生み出してしまう危険性もあるのだろう。