「ウォーターボーイズ」みたいで、ホイチョイ精神を受け継いでますね。
スポーツ物の王道ストーリーいっている。「スラムダンク」とか「H2」。
最初は、人数足りないけど・・・云々。

ホイチョイとは、彼らの想像し構成した架空の国とそれを取り巻くバーチャルワールドとのこと。

とするなら、

こういうホイチョイ系のドラマは、ありえないストーリー(マジック)をありえるもの(リアル)として成立させる(イズム)。エルンスト・ユンガー、まさにマジック・リアリズム。
米ドルだけでなく、人民元もという話。


北朝鮮もすごいなー。各国、通貨供給調整に苦心しているというのに。
中央銀行を機能不全に陥らせる危険性もある。というか、通貨の自由な生産は、
恐慌・ハイパーインフレにつながるという資本主義を根幹から覆す行為。

ゴールドマン・サックス出身のポールソン財務長官が誕生し、各国通貨の大再編、大プラザ合意が噂されているというのに。


やれやれというか、苦肉の策だな。通貨偽造が主要産業ってどんなビジネスモデルなんだ?
イントロの打ち込みが、Royksoppっぽく、そこからavex色に入っていくという
展開が新鮮。ユーロのビートが、スウェーデン風(ちなみにスウェーデンはユーロ圏外)。
イメージがトーレ・ヨハンソンなんですが。


トラックは曲調に合わせ、落ちつきぎみ。
BPMの早いダンサブルと、バラードの中間のような曲は、鈴木亜美に合いますね。
やはり、avexのマネジメント能力は高さをうかがわせる。


片岡安祐美単独スポンサー契約してるくらいだから。


松浦氏のプロデュース能力というか、マーケティング能力は
群を抜きますな。


avexがスポットCM出した時は、かなりインパクトあった記憶がある。
小室よりもあのCMが、意外にavexを世に知らしめたように思える。
コード・プログセッションは80年代風だが、
ビートがびっきびきに太い。しかも歌唱で、POP仕上げにしている。
コンセプトをガールポップとして消費したのですが、
ブラスと、四分打ちのグルーブ感が心地よく、
メロディは、しゅうしグルーブになぞっていく。

パブロックを意識しているのであろうか。
Ian Dury、PRIMAL SCREAM「Rocks」を想起させる。


星井七瀬を鑑みると、アップフロントエージェンシーの不採算部門、ハロープロジェクトは
avexが買ったほうがよいのではなかろうか。

後藤真希、安部なつみ、松浦亜弥、高橋愛。このあたりの才能を生かせるでしょうね、松浦氏は。
海外でエルヴィスに夢中。
一太先生はロックスピリッツ。

ってこともあったなー。

これからの政策的には、
国内的には税制
対外的にはエネルギー戦略が必要になってくるのだろう。

前者の必要性は、だいたいTVなどを見てるとわかる。
一番わかりやすいのは、消費税を上げることにつきると思う。
未納などで結局、ほかの部分で補填をせずにはいられないことがある。
ほかには、アメリカなどの医療は、お金をかなり国民が払っているが、これは
金持ち優遇。手の届かない治療法を金で買う的な感じになってしまっている。

一方、社共が好きそうなヨーロッパ型。これは、アメリカよりタチが悪い。
国民が平均的な治療をうけるという、あんまり選択肢のない社会。

中間をとってるのが消費税で全部まかなうってことだと思われる。


後者は、マーケットをどう拡大し、国益を出すか、経済成長の問題。
ブロック経済を敷くEUは、元々はヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)。
ベースにエネルギー戦略がある。ブロック経済は、グローバル競争、
自由競争に対する、M&Aによる競争耐久性をつける意味あい。


河野太郎氏(自民党総裁立候補予定の人)がHPでそこらへんを具体的に政策提言していました。pdfなので読んでないですが。こういうのは福祉に直結し、まあ国民に優しい政治を具現化してる。

福祉!福祉!さっさと福祉!しか言えない社共には、やはりあまり票は入らないだろうなと。


個人的には、ここらへんを焦点に政治・経済を見てるのですが、ポスト小泉とか、
プロレス実況得意の人のステーションとか、わけわかんねー。超うけるー。


ポスト小泉の焦点は、中曽根元総理大臣以来のキングメーカー誕生か!?
ということだと思う。あとは、政治プロレスなのか。
狙っていない分、これは、James Brown 「sex machine」じゃんか!という
感じになったのかと。

カバーでも、こうも趣きが変わるのか再発見。

一回聴いたら、お腹いっぱい。
mixi依存症
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060721-00000069-zdn_n-sci
ヤフーニュース
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SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)「mixi」で頻繁に日記を書き、多くの「マイミク」と交流 している人が、コミュニケーションに疲れ切ってmixiを突然辞めてしまう――「mixi疲れ」とでも 呼ぶべきこんな“症状”が、一部のmixiユーザーに見られている。

 自ら好んでmixiに参加し、コミュニケーションしているはずなのに、辞めたいほど疲れてしまう のはなぜなのだろうか。SNSのコミュニケーション心理に詳しい野村総合研究所上席研究員の 山崎秀夫さんに聞いた。

●やめられない、止まらない

 「日記を書いてから5分以上レスが付かないとそわそわします。病気かもしれません」
――mixiユーザーの中村初生さんは自らを「mixi依存症」と認め、2004年のある日記にこう書いた。
当時の中村さんは、ほぼ毎日日記を書き、友人からのコメントにも欠かさず返事していた。

 mixi日記は、ユーザーによっては、一度書き始めると止められなくなってしまう。
日記へのコメント機能やアクセス履歴を表示する「あしあと」機能が、ユーザーに「快感」を 引き起こさせるためと、山崎さんは説明する。

 自分の日記にあしあとやコメントが付くと、周囲から認められたという「認知欲求」、
自分を受け入れて欲しいという「親和欲求」が満たされ、それが快感になるという。好意を 持っていたり、尊敬している相手からあしあとやコメントが付くと、さらに高い快感が得られる ため、快感を求めて日記を更新し続けるという“中毒”症状につながる。
(中略)
 つまり「コメント欲しさに日記を書く」→「コメントが付いて嬉しくなる」→「コメントをくれた人の 日記にもコメントを返す」→「自分の日記へのコメントが途絶えると、コメント欲しさに新たに 日記を書く」──というサイクルが際限なく続くのが“mixi日記中毒”の正体と言える。
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ネットによる人間関係の「摩擦係数」の低下ということを読んだが(宮台)、

こういう言葉を見ると、ポランニ―の「暗黙知」をおもいだす。
それは後期フーコーのような実存をかけた概念だったのだろうか。
ポランニーはけっこーギリシア哲学から影響受けていたかもしれない。


鈴木あみの時代になると、携帯の着信ないから落ち込むという。

松浦亜弥は、メールを覚えることと下北の探索を並列に語り、彼氏に会うよりメールで気持ちを伝えることに苦心する。

星井七瀬は、恋愛をシミュレーションしまくる。

これをセンチメンタルに捉えることは、回避したい。というより、心の延長上にネットができたと。
そう解釈したい。飛脚の変わりに飛行機ができたみたいな感じで。

インターネットの言葉は、言葉・エクリチュールというより、その日の天気具合の
挨拶に同等。

問題は、ネットはスレッド文化指向でありがちだが、それを無理にとは言わないが、
コミュ文化指向に向けたのは、まだまだ依存症と言われる齟齬を生み出してしまう危険性もあるのだろう。
メロディは、ニューミュージックを基調に
民族楽器的なアレンジのアプローチ。

イントロは、三線とエレクトロニカ。
そして、アコースティックギターと三線で終始展開していく。



「フラワー」と「薄荷キャンディ」の融合ですね。
要所要所を押さえる技術はすごい。


全体として初期KinKi Kidsを思わせる。松本隆・山下達郎コンビの時。
沖縄テイストのコーティングをしているんだけど、あくまでニューミュージックに
仕上げている。曲調がユーミンに近い。
クリティカル・マスを、社会学や物理学の用語というより
象限での係数で読解すると、ある一定の値に達して、急に増加するという、

そんな現象が今年のジャニーズに起こっているように思える。


と同時にパラダイムの転換があったと思える。科学史家トーマス・クーンによると
ニュートン、アインシュタインなどのある天才が出ると、全く関係のないところからも
同じ発明が出るという理論。ケインズの時代のカレツキー。「割れ窓」理論の逆の「呼び水」理論のようなもの。

やはりKAT-TUN影響が大きいのだろう。



不祥事もあったが、かなりのプロジェクトが前半において成功した。

前夜祭としてのトラジ・ハイジ、修二と彰。

KAT-TUN、山下智久、TOKIO、ENDLICHERI☆ENDLICHERI、堂本光一。
例えば、音大の子とピンクフロイド聴いてたら、「これバッハだね」と言っていた。
自らもバッハを聴いて納得。


日本の場合、ヨシキとかガクトがクラシック知識が比較的あるほうなのだろう。
ファンの間でそんな話が出回った。「彼らは、ふつーのJ-POP歌手と違い、音楽の素養がある」と。しかも実際にある。ちなみにヨシキの好きな作曲家はバッハ。


V系って、けっこー日本独特であるんだよな。メタルでもなし、グラムロックでもなし、
ボーイ・ジョージでもなし。


三島由紀夫の、グロテスクでポストモダンな白亜の邸宅を思い浮かべる。

V系は、シュールでもなくマジックでもなく、グロテスクリアリズムということか。