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35歳不妊治療→出産

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出産後かなりいろいろあり(後ほど書きます)出産について書けずこんなに時間がたってしまいました。

記憶をたどりながら綴ろうかと思います。

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朝8時すぎにトイレに行ったらおしるしがありました。
その前の夜にがんばって1時間半も近所をうろついて運動していたせいか、夜中にすこし腹痛っぽい違和感がありました。
そのおしるしを境にどんどんと生理痛のような痛みが。
結構、しょっぱなから間隔が早く数分おきに。
夕方に向け、痛みは加速していきました。

そのまま自宅で20時くらいまで我慢。
ようやく病院に電話をかけてみると、一度来てみてください、と言われ、仕事から帰宅した旦那と車で病院に行く。
歩けば歩くほどに痛みと間隔が短くなり本格化!

病院に到着後、内診。
子宮口は2cmしか開いていなかったが、子宮口が柔らかくなっているのと、前駆陣痛の間隔が3分~8分と結構短いのでこのまま入院をすすめられる。
その夜、陣痛室ががら空きで私しかいなかったことも幸運。(いっぱいだと自宅に帰るようにいわれていたと思う。)

入院後、どんどん陣痛が強まっていったが、突如夜中2時ごろから弱まる。
このまま弱まったら、一回帰宅かな~と思い、病院に入る途中にコンビニで買ったニンニク臭い唐揚げを食べて寝ようとした。
そしたら、3時くらいから寝られないくらい陣痛の波が復活。
最初は下腹(本当に下のほう)が痛かったのが、どんどん腰も痛くなって息するだけで陣痛の波がどんどんくる。
いきみたいけど、いきめないのが本当につらかった。
そんな中、赤ちゃんの向きがよくないと助産師さんに言われ、猫のようなポーズで陣痛に耐えました。
出てきそうになるので、旦那におしりをテニスボールで押してもらう。

そんな中、朝ご飯が7時すぎにやってくる。
助産師さんに「私、いつ産めると思う?」
「初産だし、12日(明日)の深夜で安産といえるくらいなんで、そのあたりでしょうか。」
が~~~ん。
そんな、私の気力持たない~。しかも今日は11/11で覚えやすいし、おなかの子の誕生日を今日にしたい!ってか絶対今日産んでやる~~!!
そう心に決めた私は、目の前に出された朝食を、陣痛の合間に食べ、うっすら寝たり、今考えたらうまいことやったと思う。
その作戦が功を奏したのか、朝8時半~9時くらいに、いきみ逃しが限界になり、破水したように感じ、ナースコール!
ちょうど、夜勤と昼勤のメンバー交代をしていたのか、夜中とは全く違うメンバーが私に押し寄せる!(笑)
そして、子宮口が一気に9cm開いたことを確認。破水ではなく出血だった為、「次の陣痛でいきんで破水させましょう!」と新しい昼勤の助産師さんに言われる。
やっと、いきめることに感動し、なぜか泣く私。
助産師さんに「まだ、泣くの早いですよ。」とツッコまれる。
そして、いきむ!!!
が、しかし、破水せず、卵膜が水風船のようにデローンと出てきてしまう。
なんというか、牛の出産シーンのような?!そんなイメージ!!

急遽、分娩台に移動と言われ、分娩台まで歩く。(何度も陣痛のたびにうずくまる)
そんな状況の中、実習生が現れ「出産立ち会わせてください!」と言われる。意識もうろうだし、こんなタイミングで自己紹介され、ただ「いいよ!」としか言えない私。(笑)

9時すぎ
やっと分娩台に!
そこからは、本当に早かったです。
陣痛も絶好調で、波に乗りまくりで、結局10時32分に、無事に出産。
3218gの元気な男の子!
出産が終わった瞬間も、初めて腕に我が子を抱いた時も涙があふれました。
怖がっていた会陰切開も、いつ施されたのかわからなかった。

結果から言うと、促進剤も使わず、超自然な分娩。
本陣痛始まってから7時間40分と超安産だと言われました。(陣痛が10分以上開くと前駆陣痛とみなされるらしい)

が、本当につらかったのはその後。。
進みが早すぎて、会陰の内側がさけちゃったりして、術後の縫合は1時間以上かかり分娩時より痛かった。産後も半月くらい痛み止めが必要なほどに下半身がぼろぼろになっちゃいました~。

今は、すっかり大丈夫なのが不思議ですが!

KLCで判定いただいた時は、hcgが低く、出産までいける確率は15%と宣告されていたお腹の子が無事に元気に産まれてきてくれて、本当に感謝、感謝です。

不妊治療、本当に辛いことが多かったけど、そのぶん、旦那さんとの絆や周りの家族との絆だったり、本当に経験しないとわからなかったいろんなことが得られたと思います。

と、私の不妊治療→妊娠→出産
で締めくくろうと思っていたのですが、これで終われないことが産後に起こったので、次に書こうと思います。