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心象風景

日々の体験、思った事をつづります

 裕也の母が死んだ。

 それは2019年のことだった。秋子の死後の公的な処理は難なく完了し、これで裕也は誰の世話もすることもない生活を始めることとなった。その矢先の或る日、裕也は大量の血尿と共に少量の血の塊を排泄した。

 次の日は何ともなかった。その次の日も何もなく平穏な日々が続きやがて裕也は血尿のことを忘れて普段通りの生活を送った。血尿が出た瞬間に近くの泌尿器科に飛び込むのが普通だが裕也は無視してしまった。

 1ヶ月後あたりにまた血尿が出たが、また裕也は無視して普段通りの生活を送った。翌年の2020年2月、久しぶりに血尿が出たが彼は無視し、半年後の8月にも血尿が出たがまたしても無視してしまった。

 同年9月の或る日、裕也は買い物から帰宅し洗濯物を干し始めた。その時、洗濯物を持ち上げる為に力が入っている両の三角筋あたりが急激に疲労し始め、それが瞬く間に全身に伝播し彼は立っていられなくなり座り込んだ。座っていても疲労と苦痛とが回復せず仰向けになった。そうすると疲労と苦痛とが止まり楽になった。

 ――これなら苦しまずに死ねる・・・

 裕也は死を覚悟していたが、突如吐き気に襲われて台所の流し台のシンクに駆け込んで嘔吐した。嘔吐するまでの一連の運動によってまた急激な疲労と苦痛に襲われる。吐ききったと思った裕也は部屋に入り布団の上で仰向けになった。

 ――俺の体はまだ生きたいようだ。吐き気で俺を起こしたからな。

 その日からだった。毎日血尿が出るようになり、裕也の体はひと月もしないうちに痩せた。しかし寝たきりになるほど重篤ではなく多少は動けたが、少し動くだけで激しく疲労した。その日の食料を買いにスーパーマーケットへ出かけるのもひと苦労だった。毎度買い物から帰宅すると布団に倒れ込んで仰向けになり疲労の回復を待つという有り様だった。

 ――自宅で入院するか・・・

 出かけることが困難になり自宅で過ごすしかなくなった彼はまず寝床の改良をしようと思い、シングルのマットレスをネットで注文した。食料の調達もネットで済まそうとしたが保存がきくインスタント食品ばかりとなった。栄養面を心配した彼はマルチビタミン・ミネラルをネットで注文した。

 死ぬまでこの生活になってしまう、それは嫌だと考えた裕也は翌年の2021年1月に行動を起こした。まず近くの内科クリニックに行って尿検査、血液検査をしてもらった。尿検査用に排泄した尿も完全に赤く、一目で異常なのが分かる。

 翌日も内科クリニックに赴き血液検査の結果を聞いた。ヘモグロビンの数値が通常よりも低く、もっと低ければ輸血をしなければならないと院長に聞かされた。ここではこれ以上何もできないので院長は裕也をとある総合病院に引き渡そうと紹介状を書くことにした。

 翌日、裕也が内科クリニックへ行くと診察はなく紹介状だけを渡された。裕也はそのまま総合病院へ自転車で向かい、内科クリニックに指示された通りに紹介状受付に内科クリニックからの紹介状を渡した。

 しばらくして裕也の名が呼ばれ、診察カードとファイルを渡され、泌尿器科へ行くように言われた。裕也は泌尿器科の受付に診察カードとファイルを渡すと、尿検査用の透明プラスチックコップを渡され、トイレでそのコップに尿を入れてトイレ内の尿検査窓口に置くよう指示された。裕也はトイレに入り、コップに尿を入れた。これまた完全に赤い尿だった。尿検査窓口に行くと、先客の尿が4つのコップに入って並んでいる。どれも薄い黄色だった。その端に裕也の真っ赤な尿が入ったコップが置かれた。

 裕也は待合エリアで待った。しばらくして泌尿器科の診察室から看護師が出て来てCT検査をしてくるよう裕也に指示した。裕也は指示通りにCT撮影をしてもらい、泌尿器科前の待合エリアで待ったが、いつまで経っても呼ばれない。ふと泌尿器科の受付に行くのを忘れていたのを思い出し受付へ行って診察カードとファイルを渡して泌尿器科前の待合エリアに戻った。

 それからすぐに診察室に呼ばれた。中では若く小柄な女医・南田が待ち受けていた。女医が半ば唖然としながらCT画像の説明をしている。裕也の右腎臓が異常に肥大化していた。緊急性を感じた南田は裕也に抗生薬の点滴をうつよう看護師に指示した。診察室の隣にある救護室のベッドで裕也は仰向けになり点滴用の針チューブの血管への挿入を受け、そこに抗生薬点滴チューブが接続された。点滴が終了するまでは待合エリアでの待機ということになった。

 やがて点滴が終了し、担当看護師によって針チューブが裕也の腕から抜かれた。担当看護師は裕也に診察カードとファイルを渡し、精算の説明をした。

 裕也は総合受付の精算窓口で診察カードとファイルを事務員に渡した。名前を呼ぶので待っていてくださいとのことである。裕也は総合受付前の待合エリアにある椅子に腰かけていたが疲労しており落ち着かない。寝そべりたくて仕方がない。

 そうこうしているうちに裕也の名が呼ばれた。診察カードと処方箋を渡され、ファイルは事務員が回収した。裕也は病院から出た。次回は造影CTを撮り、その翌日に診察というスケジュールが取られた。次回までの薬が処方されていた。

 裕也は診察カードを財布に収納し、処方箋を持って調剤薬局へ向かったつもりだが道を間違いたどり着けなかった。裕也は生命の危機を感じたが、不思議と体調は回復していた。

 目的のものとは違う、一軒家を改造したような調剤薬局に入って処方箋を受付に渡した。なぜか若く美しい女性薬剤師ばかりがいる調剤薬局だった。これから服用する薬は牛乳と相性が悪いので牛乳を飲むのは控えて欲しい旨の説明があり薬を受け取った裕也は調剤薬局から出ると、恐らくこの調剤薬局が運営しているのであろう自販機でホット缶コーヒーを買って飲みながら総合病院の駐輪場に向かった。

 駐輪場に到着した裕也は自分の自転車に乗って帰路を走った。なぜか気分が良かった。己の片方の腎臓が肥大化しており、のっぴきならない事態であるにも関わらず。