団塊世代の学費
私の甥は、今年 大学進学のために久慈を離れることになりました。今の大学の授業料を考えてしっかり4年間勉強してくれればと願っています。親も大変でしょうから。
当時は、「日本のチベット」といわれた県北は無医村の問題について朝日ジャーナル(廃刊)などに特集が組まれたりもしました。地方新聞の岩手日報社の昭和43年10月から夕刊に掲載された記事から調べたものです。当然、昭和43年のお金の価値も今は、10倍以上になっています。昭和43年当時 国立大学の授業料が安かったですね。人材を育てるために国でも力を入れたでしょう。貧乏でも大学に入れました。
医療系の大学で見ました。今年も医療系大学は競争率が高いです。
参考のために昭和43年当時の事件 東大紛争、金嬉老事件、ソンミ事件、巨人の星放送、日大紛争、イタイイタイ病公害認定、十勝沖地震、安田講堂機動隊導入、和田心臓移植、川端ノーベル文学賞受賞、3億円事件、昭和44度東大入試中止、全国115大学紛争、GNP1419億ドル世界2位。
私立岩手医大の場合
受験料 1万円
入学時最低63万7千円。その内訳 入学金15万円、1年分授業料24万円
大学施設整備費20万円、学友会費2万円、学年試験料2千円、実験実習費2万円
同窓会費2千円、父兄会費3千円など。
6年間大学支払う金額は、194万7千円になります。
国立大学医学部の場合
入学金4千円、年間授業料1万2千円、諸経費4千円(入学時)、6年間でも7~8万前後になります。これは、岩手医大の1年間の授業料の半分以下です。
学生は、その他に教科書、下宿代等がかかります。
私立は、補欠入学をとりました。その当時の募集人員80人少し上乗せして90人前後入学させています。正規の学生は、50人前後、残りの40人前後は、多額の特別寄付金による縁故入学と言われています。これは、岩手医大だけでなく全国の私立医大でごく普通に行われていたということです。それでも岩手医大は、少額だと言われています。お金で入学しても医師国家試験に合格しないと医師にはなれません。
当時、激務の看護婦さんの初任給をみると正看が2万3千円、準看が1万8千円(公務員給与の医療職準じ)。
前から田舎には、限界集落の問題があります。3万7千人ぐらいの市だと大学も職業技術学校も破産してしまいます。若者が盛岡や県外の学校に行きます。毎年、沿岸部の公立高校進学が定員割れするのが恐ろしいと感じています。
アレン国際短期大学2007年1月をもって廃校なりました。

