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とめちゃいけない。東北の子どもたちへの支援。ウェブベルマーク!

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Facebookページで連載している事務局リレーコラムのアンコール
*2014年8月4日 青山学院大学 笠原園花

2014年8月、震災からすでに3年半が経とうとしています。今では東日本大震災の話題はすっかりなくなってしまったように思います。震災が起きたとき、私は丁度部活動の合宿の帰り道で大型バスに乗っているときでした。バスは大きく揺れ、建物からあわてて飛び出てくる人々をバスの中から眺めていたのを覚えています。

さて、私は震災の約1年後の2012年2月に名取市での震災ボランティアに参加したことがあります。今回はその際に私が撮影した写真とともに振り返ってみたいと思います。


目に飛び込んできたもの

まず、私の目に飛び込んできたのは、広い平地の中にポツンと建っているイオンでした。雪で覆われていてわかりにくかったのですが、おそらく周りの家屋は倒壊してしまったのでしょう。「ニュースで見たあの映像は本当にここで起こったんだ」と実感しました。

イオン


支援物資の仕分け作業での疑問

名取市にある小学校の体育館に到着し、早速、大型トラックで運ばれてくる支援物資を次々と体育館に運びました。この作業は私が想定していたものでした。しかし、驚いたのは、大型トラックで運ばれてきた衣料を一旦体育館に運び出し、数時間後それを違うトラックに詰め込むという作業をした時です。疑問に思い理由を尋ねてみました。その理由は「必要の無い支援物資はフィリピンに送るから」だそうです。

体育館

物資2

物資

写真にある、MADE IN UZBと書いてある長靴も同様です。この長靴はわざわざウズベキスタン側が支援物資として送ってきてくれたものです。しかし「日本製の長靴に比べたら性能が落ちるから使えない。この長靴もフィリピンかサウジアラビアにいく」のです。

ブーツ

なんて日本は裕福な国なのだろう。

私が率直に抱いた感想です。支援物資が足りない足りないとニュースで騒がれる半面、必要ないとされ、捨てられる支援物資もあったのです。


風化させないために

震災から一年経った当時も、地震・津波の爪あとは小学校にしっかりと残っていました。津波の跡がはっきりと残っている体育館のステージ。剥がれた体育館の壁。校庭に積まれた自動車。
大地震は確かにここ日本で起こり、津波は今私が立っているこの体育館をも破壊したのだと感じました。

体育館2

地震大国ニッポン。次またいつ地震が発生するかわかりません。その際に、支援物資が無駄にならない仕組みやボランティアの仕組みは整えられるべきだと強く感じる一方、大地震が起きたことを風化させずに復興を支援し続ける仕組み、これが一番重要な要素となってくるのではないでしょうか。

「何か自分に出来ることはないか」震災当時はニュースを見るたびにそう感じていましたが、2014年の今、そう思っている人は日本に何人いるでしょう。今こそ、もう一度、大震災の復興支援について私達日本人が考え直すべきなのです。


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