「殺し屋がたくさん登場する小説」と聞いて、
皆さんはどんな物語を想像するでしょうか。
冷酷なプロ同士が、銃やナイフを手に命を奪い合う。
裏切りと復讐が渦巻き、最後に生き残った一人だけが静かに立ち去っていく。
伊坂幸太郎さんの〈殺し屋シリーズ〉も、
確かに人がたくさん死にます。腕の立つ殺し屋が次々と登場し、
互いの正体を探りながら、命懸けの駆け引きを繰り広げます。
ところが、読んでいて心に残るのは、
殺しの鮮やかさだけではないんですよね。
機関車トーマスを人生の教科書にしている殺し屋がいる。
文学を愛し、相棒のトーマス談義にうんざりしている殺し屋がいる。
恐ろしく腕が立つのに、何をやっても運が悪い殺し屋がいる。
そして、裏社会では最強なのに、
家に帰ると奥さんの機嫌ばかり気にしている殺し屋がいる。
この人たちは本当に殺し屋なのか。
読んでいるうちに、そんなことはどうでもよくなってくるんです。
気がつけば彼らの会話に笑い、彼らの不運を心配し、
「頑張れ」と応援している。あれほど物騒な人たちなのに、
なぜか昔から知っている友人のように愛おしくなってくる。
それこそが、伊坂幸太郎さんの〈殺し屋シリーズ〉最大の魅力なのだと思います。
殺し屋たちが主役なのに、殺しが主役ではない
〈殺し屋シリーズ〉は、
『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』、
そして『777 トリプルセブン』へと続いています。
それぞれの物語は基本的に独立していますが、
同じ世界の人物や出来事が作品を越えて現れます。
前の作品で重要な役割を果たした人物が、
別の作品では何気なく顔を見せる。
かつての事件が、雑談のように語られる。
以前の作品を読んでいる人だけが、
「この人は、あのときの……」と気づける瞬間がある。
一冊ずつ独立した部屋に見えて、実はすべて同じ建物の中にある。
扉を開け続けていると、
思いがけない廊下で、以前会った人物とすれ違うんですよね。
第一作の『グラスホッパー』は、この異様な世界への入口です。
主人公の鈴木は殺し屋ではありません。
妻を殺された元教師であり、読者と同じ常識を持つ一般人です。
その鈴木が、相手を自殺へ追い込む「鯨」、ナイフ使いの「蝉」、
人を道路へ押し出して事故死させる「押し屋」といった
異常な人間たちの世界へ迷い込んでいく。
主人公が普通の人だからこそ、
殺し屋たちの特殊さが際立つんですよね。
しかも、視点が鈴木、鯨、蝉へと次々に切り替わる。
それぞれは別々に動いているはずなのに、
ある人物の何気ない行動が、別の人物の運命を変えていく。
短編小説を同時に何本も読んでいるようで、
最後にはすべてが一つの物語だったと分かる。
伊坂幸太郎さんは、この交錯の描き方がめちゃくちゃうまいんです。
何気ない雑談だと思っていた言葉が後から重要な意味を持ち、
忘れていた小道具が予想外の場所で戻ってくる。
伏線を「これは伏線ですよ」と見せびらかさず、
世間話のように置いておいて、こちらが忘れた頃にさらりと拾う。
しかも、伏線回収が単なる謎解きではなく、
笑いや爽快感につながっています。
「あれが、ここへ戻ってくるのか!」
そんな驚きが何度もあるんですよね。
『マリアビートル』殺し屋たちを乗せた暴走列車
シリーズの面白さが最も派手に爆発するのが、
第二作『マリアビートル』です。
舞台は東京から盛岡へ向かう東北新幹線。
息子の復讐を果たそうとする木村。
優等生の顔をしながら、
人の人生を壊すことに喜びを感じる中学生・王子。
裏社会の大物から仕事を請け負った二人組、蜜柑と檸檬。
そして、とにかく運が悪い殺し屋・七尾、通称「天道虫」。
それぞれ違う目的を持つ人間たちが、
同じ新幹線に乗り合わせます。
新幹線という舞台が、実にうまいんですよ。
完全な密室ではありません。
駅へ着けば、扉は開く。理屈のうえでは降りられる。
でも、標的がいる。荷物がある。
果たさなければならない仕事がある。
降りたいのに降りられない。
扉は何度も開くのに、
誰も物語から逃げられないんです。
中でも最高なのが、蜜柑と檸檬です。
檸檬は『きかんしゃトーマス』を愛しすぎていて、
人間の性格も人生の出来事も、何でも機関車に例えます。
一方の蜜柑は文学好きで、檸檬のトーマス談義に呆れながら、
自分の好きな小説を読ませようとする。
二人とも恐ろしく強い殺し屋なのに、
隣同士の席に座って、トーマスのクイズを出したり、
小説の話で言い争ったりしている。
このギャップが、たまらないんですよね。
しかも、二人は会話こそ嚙み合いませんが、
仕事では抜群の連携を見せます。
互いの趣味には興味がない。しょっちゅう文句も言う。
それでも根底では、誰よりも相手を信頼している。
殺し屋という物騒な肩書を外せば、
面倒くさいけれど最高の相棒なんです。
もう一人、私が好きなのが天道虫こと七尾です。
七尾は有能なのに、とにかく運が悪い。
簡単な仕事のはずなのに、必ず想定外の問題が起きる。
自分が並んだ列だけ進まないという程度の不運が、
殺し屋の仕事では命に関わる大混乱に発展してしまう。
でも、七尾の不運は、単なる不幸ではありません。
予定が狂ったせいで命が助かったり、
失敗したことで敵の計画まで崩れたりする。
何が幸運で、何が不運なのか。それは最後まで分からないんです。
『777 トリプルセブン』今度の七尾は、ホテルから出られない
『AX』を挟んで発表された第四作が、
『777 トリプルセブン』です。
この作品では、『マリアビートル』の天道虫こと七尾が、
再び物語の中心へ戻ってきます。
『マリアビートル』では、
七尾は新幹線からなかなか降りられませんでした。
『777』では、舞台が高級ホテルへ変わります。
列車は前へ進み続ける乗り物でしたが、
ホテルは本来なら動きません。
ところが、この「動かない」という条件が、
逆に七尾を追い詰めるんです。
廊下がある。階段がある。エレベーターがある。非常口がある。
外へ出られそうな場所はいくつもある。
それなのに、七尾はなかなかホテルから脱出できない。
新幹線が一直線に進む逃げ場のない舞台だとすれば、
ホテルは逃げ道が多すぎる巨大な迷路です。
監視カメラ、客室、バックヤード、エレベーター、階段。
誰がどこにいるのか分からず、
別々の仕事を抱えた殺し屋たちが、
ホテルのあちこちで接触していく。
七尾は簡単な仕事を頼まれたはずなのに、
当然のように問題へ巻き込まれていきます。
むしろ七尾に「簡単な仕事」という言葉を
使ってはいけないんじゃないかと思うほどです。
今回も、登場する殺し屋たちが強烈です。
布を使って相手を仕留める二人組。
吹き矢を操る集団。
逃げることに特化した人物。
それぞれが異なる技術と目的を持ち、
ホテルという巨大な箱の中で動き回ります。
このあたりは、『マリアビートル』の殺し屋大集合という楽しさを、
さらに拡張したような面白さがあります。
『マリアビートル』が殺し屋たちを乗せた暴走列車なら、
『777』は殺し屋たちが迷い込んだ巨大な迷宮です。
しかも『777』では、単に誰が強いか、誰が生き残るかだけではなく、
人と人を比較することの苦しさも描かれます。
あの人は自分より優れている。
自分にはあの人のような才能がない。
どうして自分だけがうまくいかないのか。
誰かと比べ、嫉妬し、自分の価値を見失っていく。
そんな感情が、殺し屋たちの騒動の中に自然に入り込んでいます。
梅は梅、林檎は林檎でいい。
他人と同じものになろうとしなくても、
それぞれにはそれぞれの役割と価値がある。
『777』は最高に騒がしい殺し屋エンターテインメントでありながら、
読み終えた後には、そんな人生の考え方まで残していくんですよね。
そして、何より七尾です。
相変わらず、かわいそうになるほど運が悪い。
しかし七尾の不運は、人を不幸にするだけではありません。
七尾が予定どおりに行動できないことで、誰かの計画が崩れる。
七尾がつまずいたことで、別の誰かが助かる。
本人にとっては災難でも、全体から見れば救いになっていることがある。
『マリアビートル』でも感じたことですが、
七尾は不運に巻き込まれるだけの人物ではありません。
不運を一身に引き受けることで、
結果的に周囲を救ってしまう人物なんですよね。
格好よく世界を救う英雄ではない。
ため息をつき、痛い目に遭い、逃げたいと思いながら、
それでも目の前の状況に対応し続ける。
その姿が、結果として誰かの運命を変えていく。
私は、七尾もまた、
伊坂幸太郎さんらしい不器用なヒーローなのだと思います。
『グラスホッパー』が殺し屋世界への入口。
『マリアビートル』が殺し屋たちの遊園地。
『AX』が殺し屋シリーズの心臓。
そして『777』は、これまでの楽しさを全部詰め込んだ巨大な迷路。
シリーズを読んできた人にとっては、
これほど嬉しい再会はありません。
私がシリーズで一番好きなのは『AX』
『777』も本当に楽しい作品なのですが、
そんな個性的な殺し屋たちの中でも、
私が最も好きなのが『AX アックス』の主人公・兜です。
『グラスホッパー』と『マリアビートル』が、
複数の人物を切り替えながら進む群像劇だったのに対し、
『AX』は主に一人の殺し屋の人生を追います。
兜は、裏社会で一目置かれる超一流の殺し屋。
ところが、家へ帰ると妻にまったく頭が上がりません。
表向きは文房具メーカーの営業社員で、
妻と一人息子の克巳と暮らしています。
息子が生まれた頃から殺し屋を辞めたいと考えながら、
引退に必要な金を稼ぐため、仕事を続けざるを得ない人物です。
最強の殺し屋が恐妻家。
設定だけを聞けば、面白いコメディですよね。
実際、前半はかなり笑えます。
危険な暗殺任務と息子の三者面談が重なり、
殺しの現場と学校を必死に行き来する。
庭に蜂の巣ができれば、妻に言われるまま、
真夏の早朝から完全防備で駆除に挑む。
仕事ではどんな敵にも冷静に対応できるのに、
妻への返事だけは一言一言、地雷を踏まないように吟味する。
でも、読んでいるうちに気づくんです。
兜は、ただ妻が怖いわけではない。
家族を失うことが怖いんです。
夜遅く帰宅したとき、妻や息子を起こさないように、
鍵の音、ドアの音、足音、呼吸にまで気を使う。
カップラーメンを食べている息子に「体に悪いものを食べるな」と言いかけて、
その発言が妻に対する「もっとまともな食事を作れ」という批判に聞こえないか考え直す。
殺し屋として培った観察力、危機管理能力、相手の行動を予測する力を、
兜は家庭を壊さないために使っているんです。
敵に気づかれないために気配を消し、
家族を傷つけないためにも気配を消す。
そこが可笑しくて、同時に切ない。
「辞めるために、辞めたい仕事を続ける」
兜は、家族を大切にしたいから殺し屋を辞めたい。
ところが、組織を抜けるためには莫大な金が必要になる。
その金を稼ぐには、さらに殺し屋の仕事を続けなければならない。
この矛盾、形は違っても、
身に覚えがある人は多いのではないでしょうか。
仕事を辞めるためには金が要る。
生活を立て直すために、人生を消耗する仕事を続ける。
家族のために働いているはずなのに、
その仕事のせいで家族との時間を失っていく。
兜の職業は殺し屋ですが、
彼が抱えている苦しみは、恐ろしく現代的なんですよね。
しかも兜が望んでいるのは、
裏社会の頂点でも、巨額の富でもありません。
妻に小言を言われ、息子に呆れられながら、
同じ家で生活すること。
世界最強の殺し屋が、最も手に入れたいものは
「普通の日常」なんです。
殺し屋を描いて、家族の物語に泣かされる
『AX』が特別なのは、兜を格好いい殺し屋としてだけではなく、
一人の夫、一人の父親として、
長い時間をかけて見せてくれるところです。
彼は家族を愛しています。
けれど、自分の本当の仕事は話せない。
家族を守るために働いているつもりなのに、
その仕事こそが家族を危険へ近づけている。
そもそも、他人の命を奪ってきた男が、
自分の家族だけを守りたいと願うのは、
ずいぶん虫のいい話です。
伊坂幸太郎さんは、その矛盾を消しません。
兜を善人として美化することも、
悪人として切り捨てることもしない。
読者は彼の仕事を肯定できないまま、
父親としての彼を応援してしまう。
この居心地の悪さが、『AX』を
単純な家族愛の物語では終わらせていないのだと思います。
タイトルの「AX」には、
巨大な相手へ斧を振り上げる
小さなカマキリのイメージが重なります。
勝てる可能性は低い。
それでも、守りたいものがあるなら、振り上げるしかない。
伊坂幸太郎さんは「小さな抵抗は尊い」と直接説明しません。
むしろ、そんな抵抗は大したことがない、
無謀なものだという顔をして物語を進める。
ところが読み終えたとき、
その小さな斧の輝きが胸に残るんです。
『グラスホッパー』では、殺し屋たちの異常さに驚く。
『マリアビートル』では、殺し屋たちを好きになる。
『AX』では、殺し屋であることを忘れて、一人の男の人生に泣かされる。
そして『777』では、もう一度その奇妙で愛すべき殺し屋世界へ放り込まれ、
七尾の不運に振り回されながら、最後には自分の人生まで少し考えさせられる。
それでも私にとって、シリーズの中心にあるのは『AX』です。
私は、だから『AX』が大好きなんです。
そしてハリウッドへ走り出した『ブレット・トレイン』
『マリアビートル』は、
ブラッド・ピット主演、デヴィッド・リーチ監督によって、
ハリウッド映画『ブレット・トレイン』になりました。
映画では舞台が東京発・京都行きの超高速列車へ変更され、
世界で最も運の悪い殺し屋レディバグを中心に、
多国籍の殺し屋たちが激突します。
正直に言えば、
これは原作そのままの映画ではありません。
原作では男子中学生だった王子は、
ジョーイ・キング演じる女子学生プリンスへ変更されています。
原作の七尾は、気弱で目立たない殺し屋ですが、
映画ではブラッド・ピットです。どうしたって華があります。
原作では複数の人物の視点が均等に切り替わりますが、
映画はレディバグを明確な主人公として整理しています。
そして何より、映画の日本は、
私たちの知っている日本ではありません。
ネオンだらけの駅。
異様に豪華な新幹線。
外国人が想像したサイバーパンクと昭和任侠とアニメ文化が、
一つの鍋に全部放り込まれている。
現実の日本として見れば、間違いだらけです。
でも、これは日本の再現ではなく、
ハリウッドが作った「日本をテーマにした巨大な遊園地」なんですよね。
ここまで振り切られると、むしろ楽しい。
原作に忠実ではない。でも原作の楽しさには忠実
映画版で特に素晴らしいのが、
タンジェリンとレモン(字幕や吹替ではみかんとレモン)です。
原作の蜜柑と檸檬から、名前も人種も外見も大きく変わりました。
それでも、相棒としての関係はしっかり残っています。
レモンは映画でも『きかんしゃトーマス』を愛し、
人間を機関車の性格で分類します。
タンジェリンは呆れながら付き合い、
二人は口喧嘩をしながら完璧に連携する。
この二人が画面にいるだけで、映画が楽しくなるんです。
そしてレディバグ。
本人は暴力を避けようとし、
物事を前向きに捉えようとしているのに、
彼の周囲では次々と人が死んでいく。
しかも多くの場合、殺し屋たちは自分の武器や、
自分で仕掛けた罠によって墓穴を掘る。
格好いいはずのアクションが、どこか情けない。
でも、映像と音楽と身体の動きは、恐ろしく格好いい。
この「格好いいのに情けない」というバランスは、
伊坂幸太郎さんの殺し屋たちをハリウッドへ移すうえで、
かなり正しい翻訳だったのではないでしょうか。
原作では、ある人物の何気ない行動が、
何十ページも後で別の人物へ影響します。
映画では、それを編集とアクションで見せる。
一本のペットボトルにまで来歴を与え、
車内を移動する様子を大げさに紹介する。
何でもない小道具が、忘れた頃に重要な役割を果たす。
『マリアビートル』の精密なからくり箱に、
花火とジェットエンジンを取りつけたような映画なんです。
小説と映画、両方で完成する楽しさ
原作の『マリアビートル』には、映画では薄くなった魅力があります。
人物の顔が見えない小説だからこそ成立するミスリード。
王子という理解不能な悪意。
複数の視点を切り替えながら、情報を少しずつ出していく巧さ。
公共の新幹線で、一般客に気づかれずに殺し合わなければならない緊張感。
一方、映画には、小説では味わえない楽しさがあります。
ブラッド・ピットのスター性。
タンジェリンとレモンの身体を使った掛け合い。
日本語の文字をグラフィックとして使う大胆な演出。
音楽、色彩、爆発、列車の速度。
だから、どちらが上かを決める必要はないと思うんです。
映画を見て、タンジェリンとレモンが好きになったなら、
ぜひ原作の蜜柑と檸檬に会ってほしい。
レディバグの不運が面白かったなら、
小説の七尾がどれほど不運で、
どれほど人間臭いのか知ってほしい。
そして『マリアビートル』を読んだなら、
ぜひ『AX』まで進んでほしい。
さらに、その世界をもっと味わいたくなったら、
『777』で再び七尾の災難に付き合ってほしい。
殺し屋たちの騒動が楽しくて読み始めたはずなのに、
最後には一人の殺し屋の人生と家族への思いに胸を締めつけられ、
さらに別の作品では、自分と誰かを比べることの苦しさまで考えさせられるはずです。
殺し屋シリーズが描いているのは、
人を殺す技術ではありません。
人は何を信じるのか。
誰を守ろうとするのか。
仕事と家庭の間で、どんな顔を使い分けるのか。
他人と自分を比較して、何を見失うのか。
勝てないと分かっている相手に、それでもどう抵抗するのか。
殺し屋という現実離れした存在を使いながら、描いているのは、
私たちと変わらない人間の悩みなんですよね。
だから、彼らを好きになってしまう。
『マリアビートル』を読んでいる間、
私は殺し屋たちの騒動が楽しくて仕方がありませんでした。
『AX』を読み終えたとき、
私は殺し屋の人生を思って胸がいっぱいになりました。
『777』では、またこの世界へ帰ってこられたことが嬉しくて、
七尾の不運に笑いながら、
最後には自分の生き方まで少し考えさせられました。
そして『ブレット・トレイン』を観たとき、
その奇妙で愛すべき殺し屋たちが、
ハリウッドの巨大なスクリーンで大暴れしていることが、
たまらなく嬉しかったんです。
まだ読んだことがない人には、まず『グラスホッパー』から。
『マリアビートル』を経て、
できれば『AX』、そして『777』まで読んでみてください。
きっと皆さんにも、
「殺し屋なのに、どうしてこんなに愛おしいんだろう」と
思える人物が見つかるはずです。
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