
怒る人には怒る役割があって、
愛で接する人にも愛の役割があるんですね。
取調室「オマエがやったんだろ!正直に言え!」「まあカツ丼でも食えや」みたいな。
その両方あって心が通じる場合もあります。
だから怒ってもいいし愛してもいいんです。
怒る役割は損するでしょう。愛を語れば世間体がいいでしょう。
でも「愛」から生まれる「怒り」もあれば、
怒りで「愛」を取り繕う場合もありますね。
本当は怒っているのに・・・本当は愛しているのに・・・。
最近、右翼とか左翼とか。騙したとか騙されたとか。
佐村とか河内とか←それ1人や(笑)
そういうのに興味あります。
憎んだら、それは戦争。
武器を持たなくても言論でもSNSでも。
存在を否定したら、それは死刑。
肉体を奪わなくても。
こんな事がさらっと書けるくらいまで精神修行したのに
まだ戦争しそうになったり、死刑宣告してしまいそうになります。
そんな自分を憎んだり否定しても
それこそループしてしまうので受け入れつつ
人間観察から、いろいろ学んでます。
昨夜、10代の綺麗な女の子のツイキャス(ライブ動画配信)を覗いてたら
「ちょっとう○こ行ってくる~」
コメント欄「@XXXX 主がう○こ中(笑)」
みたいなやりとりを目撃して、いろんな人がいて面白いな~と思いました。
自宅からおしゃべり配信してるんですね。
最後に「う○こ」の話ですいません。
真面目に読んだ方は、これも受け入れる修行だと思って
「愛」で受け止めるか、怒りたい時は怒ってください。























