わずか数日の短いトリップですが札幌、小樽、余市を周ってきました。
西日本から関東にかけては熱波到来という事でタイミングの良い避暑旅になりラッキーでした。日中でも25度なんて北海道の夏はやはり素晴らしい〜!
今回は新鮮な魚介類はもちろんの事スープカリーなぞも頂いて参りました。スープカリーは北海道は札幌が発祥だそうです。北海道の地野菜にこだわったスパイススープカリー、美味しく頂きました。
それから本題の鰊ですが、
私は何を隠そうニシン蕎麦が大好きなんです!
あの甘じょっばく煮付けられた鰊と蕎麦ってなかなかの好相性ですよね。あれにトロロをかけた山かけニシン蕎麦っていうのが私の中では最強トリオなのですが、今回は蕎麦というよりニシンそのものを少し掘り下げてみたいと思いました。
鰊はバルト諸国をはじめ北ヨーロッパでもよく食されている魚ですし、日本でもお馴染みと言えばお馴染み。でも普通に鰊が食卓に並ぶかというと我が家ではそうでもないし、わたしはあまり鰊のことを知らないのです。
江戸時代は東北地方から北海道の南、江差あたりが鰊漁の全盛地、明治から昭和にかけては小樽や泊地方で、一代で相当の財を成すほどに全盛だった鰊漁、それがなぜ急に獲れなくなったのか?また鰊を生ではあまり食べないのはどうしてなのか。
そんな背景を知るべく、小樽の鰊御殿に行ってきました。
全景がよく分からないって?ええ、撮り忘れました、笑。というか、丘の上にあるので下から全景を撮ってもよく分からないんです。
鰊御殿は鰊の儲けで建てたお屋敷っていうのが通常のイメージでしょうがそうではないのです。
まあそういう意味もありますが、鰊漁というのが非常に人手の要る漁だったため、網元家族の住む屋敷プラス最盛期には100数人の漁師が雑魚寝で寝泊まりする番屋代わりにもなっていたんですね。
中には漁師が寝泊まりした部屋や土間、漁の器具類、食器、衣類、当時の写真などが展示してありました。一回の漁でもの凄い量の鰊をとっていたことが写真からわかります。これを人海戦術で内臓を取り出し煮て干して身欠き鰊にして北前船で京都の方にも出荷していたわけです。身欠き鰊は山間地では日持ちのする重要なタンパク源で、そうしてお馴染み昆布巻き鰊や京都名物ニシン蕎麦として食べられていたんですね。
当時の船頭が食べていた膳。
1920年頃まで漁場だった富山秋田あたりは急に不漁になり、漁場は北海道まで北上。泊村、小樽辺りでは最盛期には100万トンの漁獲があったそうです。そしてこちらも昭和30年以降激減します。原因は、漁の写真を見た主観としてはいくら何でも獲り過ぎだろっとも思うのですが、海流が変わった為というのがここ鰊御殿では解説されてました。諸説あり今もって理由は不明なのです。
今でも僅かながら穫れるそうで、小樽には「群来蕎麦」というご当地ニシン蕎麦があります。
群来とは写真にも書いてあるように、オスが一斉に白子を放出する際に海が白っぽくなる群来(くき)と呼ばれる現象が由来。
が、それに代わるような珍しいものを食べましたよ!
生の鰊の握り寿司です。左のピンクがかってるのがそれ。小樽の寿司屋街道と呼ばれる通りの日本海という寿司屋です。
生の鰊の握り寿司は初めてですが。
食べてみると、不味くはない、臭みはない。
旬なので脂はのってるけど、肝心の味は、、、ほぼない。風味もない。どんな味とも言えない味なんです。無味。
後から調べたところ鰊は「江戸で食するものは稀、もっぱら猫の餌」「貧人の食」と散々な書かれよう。でも食べてみると言ってる意味はわかります。
でもこの味のなさが、戻して昆布や出汁で甘じょっばく煮るのに向いているんだろうと思います。
北大路魯山人は「乾物を水で戻したものをうまく料理すると美味しくなる」と言ったそうで、出汁を邪魔しない味なんですね。脂はわりとあるのでコクがプラスされて美味しくなる。そんな感じがしました。
というわけで鰊にまつわるトリップ終了!
最後に観光名所の赤レンガ倉庫の前から
いや、頑張ります!!








