![ピッピ・ザ・キッド全仕事-backalley](https://stat.ameba.jp/user_images/20090326/23/wealther-cafe/eb/fe/j/t02200294_0350046710157436155.jpg?caw=800)
ここはとある名もない街の路地裏・・・
そこに「Pipi the Kid」と自らを名乗るある犬がいた・・・
ん・・・もうこんな時間か・・・
相棒のコルト・・・
決闘前にいつもそうするように、バーボンを一口だけストレートで口にふくみ、丸く削った氷を入れたグラスに少しだけ注いでおく。
唯一の友人、オウムの百三(モモゾウ) が、「If you have to die, die in front! (もしお前が死なねばならないのなら、先頭に立って死ね)!」と天井につるした籠の中から叫んでいた。
私は百三に微笑み、「いってくるよ」と言い残し、ストーブに火を点け、部屋を出る。鍵はかけない。この街の連中は私のアパートの半径100メートル以内にさえ、近寄りたがらないのだ。
Pipi The Kidは薄暗い夜の街へと出る。丑三つ時のダウンタウンはまだ肌寒い。
お!ピッピ・ザ・キッドだ!
おい!ピッピ・ザ・キッドだぜ!また決闘か?
「今日も2秒で終わりだな!誰もピッピにはかないっこねえぜ!」
寝る場所もなく、路上にたむろしていた少年たちがそう叫ぶ。
「ピッピザキッド!」
「ピッピザキッド!」
ワタシがビリー・ザ・ピッピと名乗り始めたのは、今からもう思い出せないくらい昔のこと・・・
ワタシは虚しく不毛なこの社会に嫌気がさし、とある山奥でロハスでスロウかつ厭世的な暮らしを孤独に紡いでいた…
悟りとともにワタシのビューティフルな毛並みは日々ワイルドさを増し、やがてそれは神々しささえ湛えはじめ、
迷い込んだ人間に「で、アンタ、結局何犬なの?もしかして犬じゃなくて、シーサー?」などと訊かれたものさ。
そんなある日、昔のダメ飼いぬしから一通の手紙と小包が届いた。
そんなある日、昔のダメ飼いぬしから一通の手紙と小包が届いた。
ピッピ、君が「アディオス、アミーゴ」と言い残し、僕の部屋を出て行ってから、もうどれくらいの月日が過ぎただろう。登山が趣味の友人から、「山でこんな変な犬だか、なんだか、変な生き物を見つけたんだよ」と携帯の写メールを見せられた時の、僕の驚きを君はきっと想像できないだろう。
驚きのあまり、カフェの中にもかかわらず、僕はその場で腕立て伏せをはじめて、回りの客にたいそう嫌がられたもんさ。
僕は変わらず元気だ。相変わらず死んでいる暇なんてどこにもないし、政治に対して不満をもつほど、人生にも退屈していない。今でも君が犬のくせにおいしそうにキャベツの芯をバリバリ齧る姿をなつかしく思い出すものさ。
今日はちょっとしたプレゼントがあるんだ。本棚を整理していたら、懐かしい小説が出てきた。マイケルオンダーチェの「ビリー・ザ・キッド全仕事」という小説だ。最高にイカス小説だよ。いや、マジで。なんというか、こう、すべてが「ピッピ的」なんだな。絶対気に入ると思うよ。
じゃあ体に気をつけて。何でもかんでも拾い食いしないように。
愛をこめて
regards,
P.S ところで、君がいつもボール代わりに遊んでいたポケモンカードのガチャガチャ、どこに隠したか教えてくれないか?あれ今プレミアがついていて、オークションで数万円で取引されてるんだよ。お願いだ!教えてくれたらジャーキーを一袋、いや2袋郵送してもいい!
私は、げた箱の奥に隠しておいたガチャガチャがそんな高価になっていることに驚きながら、手紙をしまい、大した期待もせず、その小説を読み始めた・・・
読み終えた時、既に夜は白みはじめていた。
最後のページを閉じ、空を見上げた。
その薄い一冊の小説は私を変えてしまった。
二度と元の自分には戻れないだろう、とその時私は悟った。
その時から私は自らをPipi The Kidと名乗るようになった。要するに、そういうことだ。
それ以上は今は話したくない。おしゃべりは、嫌いだ。
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「まだやる気か?」
ケンブーベアの帽子を打ち抜いたあと、私はそう尋ねた。
銃口から立ち上る煙が、澄んだ闇の中に、不思議な模様をえがきながら夜に消えていく。
「なめるなよ!俺はお前と違って、あの名門ケンブリッジ大を卒業してるんだぞ!」
ケンブーベアはそう言いながら、ブルブル震える手で腰の拳銃に手をかけた。
「やめといた方がいいな」と私は言う。
「おとなしく写真を返せば見逃してやる。無駄に殺めるのは好きじゃない」
おとなしく写真を返せば見逃してやる。無駄に殺めるのは好きじゃない。無駄に殺めるのは好きじゃない」
となしく写真を返せば見逃してやる。無駄に殺めるのは好きじゃない」
それは本音だった。
この世には死について、二種類の考え方がある。
選んだわけでもなく生まれたのだから、死に方も自分で選ぶべきでないという考え、
もうひとつは、だからこそ、死に方くらいは自ら選択すべきという考えだ。
私はどちらかというと後者なのだ。ただ私の周りには、前者を望むものが多い。
「しかも金融を専攻してて、投資銀行に就職して、初年度年収2000万オーバーだぞ!合コンでもウハウハだぞ!お前みたいな負け組に馬鹿にされてたまるか!」
ケンブーベアはそう言うと泣きながら「ちくしょう、あの金融危機さえなければ」と喚きはじめた。
*国の金融破綻に端を発した世界恐慌以降、こういう連中が少なくない。似たような連中が徒党を組み、デリバティブ団という組織を結成し、罪ない人々を脅かしている。やつらにとって私のように金で動かない存在は邪魔なのだ。
耳に鋭い熱が走った。
かろうじて外れた弾丸が夜の空気を切り裂いていく。
「マネーゲーム万歳!!」と叫んでケンブーベアはコンクリートにキスをした。
私はコンクリートに倒れこみながら、考えるよりも早く、二発目の弾丸を放っていた。
空になったコルトを懐にしまう。冬の間、私のコルトには弾丸はふたつしか入っていない。私は寒がりだ。それ以上長く続く戦いにはとても耐えられない。
私はケンブーベアのポケットから、アパートから盗み出された写真を奪い返し、帰路に就いた。私は無駄な決闘はしない。しかし、奪われたものは取り返すし、やられたことはしっかりやり返す。ケンブーベアは一番触れてはいけないものに手を出してしまったのだ。
アパートへの帰り道には、少年たちの姿もなかった。
静かだった。
人々はみな、闇のブランケットに抱かれて、遠い夢を見ているのだ。そう、私以外は。
私は取り戻した写真を眺め、たまらなくなってすぐにマッチで火を点けた。
まったく冗談じゃないぜ、と私はため息をついた。
いくら孤独に生きていても私にだってまだプライドや尊厳の
かけらくらいある。こんな写真が出回ったらたまったものではない。
私はテーブルの上のグラスに手をのばした。
そろそろ、いい水割りができている時間だ。