ここ数日、鳩山首相の発言から、朝鮮学校を高校無償化法案の対象として除外するかどうかについて問題になっています。まだ先行きはみえず、最終的に文科省が決めることなのでしょうが、この話題に関連しての話題として拉致問題を考慮してとか、外国人の参政権の問題とかが、「関係ある」「関係ない」とか、いろいろ取りざたにされてます。

 高校無償化については、以前にも書きましたが、私は基本的には賛成です。こども手当という現金のバラマキよりは、(異論はあるでしょうが)、すべての子どもが親の経済状況に関わらず教育を受ける権利を得られることを望んでます。公立学校はもちろん、家計をより圧迫しがちな私立学校の場合に(経済的に苦しい家庭で、公立高に入ることが出来なくても、学びたい意思がある子どもが私立高に進学して勉強できるように)手厚くフォローして欲しいと思ってます。

 政治や外交について、詳しいわけでもないので、今回の件は様々な考え方があり、こうすべきと決め付けるわけにはいかない難しい問題かもしれまん。それでも、敢えて素朴?な子どもっぽい考えかもしれませんが、日本に住む子ども達への教育支援についてはもっと広い心をもってほしいと思います。その理由として、日本に住む外国人は、日本国民同様、所得があれば税金を払っています。そして、法律を守る義務があり、法律を破れば日本国民同様に罰されます。外国人だからといって、日本の法律を守らなくてよいとはされません。法の遵守や納税義務を課すなら権利も与えるべきではないでしょうか。

 税金によって、政治経済は成り立っている以上、居住している人間に対して、税金の見返りとしての恩恵(=手当)が受けられるのは、道理だと思います。もちろん、税金を払うほどの所得のない外国人もいるでしょう。また、日本国民(反射的利益として外国人も)所得や資産がない人には生活保護というセーフティーネットで守られてますが、これもまた税金が支えているのです。国籍がちがっていても、納税の義務を果たしているのであれば、そのこどもたちにも「教育を受ける権利」の保障はそれ相応にされるべきです。

 拉致問題に絡んだ複雑な国民感情というのもあるのでしょうが、少なくとも、現在、朝鮮学校に通っている10代の子ども達に何の罪があるというのでしょう?北朝鮮の政府に対しての抗議は国として正当性があっても、民族に対する否定的な態度への正当性などないでしょう。もし、私達日本人が、海外に居住してその地で税金をきちんと払っているのに、大昔に植民地支配したときの日本軍の横暴、例えば70年近く前の戦争における「南京大虐殺(数の誤差はあっても虐殺はありましたので)」をやった国民ということを理由に、現地の学校に通っている子ども達が「日本人は過去に卑劣なことした民族だから、教育支援する値打ちがない」などと、その国の政府や国民に批判されたりしたら、それを「もっともだ」と受け入れる気持ちにはなれないはずです。

今回、朝鮮学校を無償化の対象から除外するかどうかで、鳩山氏は「日本の学習指導要領に沿ってないから」みたいな理由もいってました。しかし、学校教育法でいう大第1条でいう「学校」ではなく、「各種学校」とされていても、今や朝鮮学校卒業資格を、ほとんどの大学が大学受験資格として認めているのです!朝鮮学校側が「日本の学習指導要領」に従っているという主張をしていており、その内容をチェックし検討する権利はあるでしょうが、それでは日本の高校は全てきちんと「学習指導要領」を守っているというのでしょうか?朝鮮学校だけをチェックするのではなく、日本の高校も、もっと抜き打ちででも指導要領遵守されているか、同じようにチェックしてみないと、公平ではないでしょう。タテマエはともかく、日本の学校も結構いい加減なのが現状ではないでしょか?進学校とかいわれている高校の多くさえ、2年ほど前に受験科目以外の授業時間をごまかして英数国とか受験科目に平気で振り替えるいいかげんさで、発覚して補習で帳尻合わせてして話題になりました。補習は、生徒たちへの教育保障をするためのものであり、既に卒業した者に対しては、本来なら単位不足が発覚で、当該科目は未履修ということで、もしこれが国家資格だったら不正受験で資格剥奪ものなのに、「教育的配慮」で、卒業生たちはロクに世界史の授業を受けてなくても、高校卒業資格を厳密には満たしてなくても、遡って大学入学を取り消されることもなかったのは、生徒への配慮が最優先だからです。コドモが悪いのでなく、授業を実施している学校に責任があるのなら、ペナルティや不利益を教育受ける子どもにシワ寄せがくることはすべきではないのです。日本にある学校なのだから、(朝鮮民族としての教育である朝鮮語や朝鮮史等の科目を尊重しつつも)文科省が日本で暮らす上で必要とされる教育をも実施するように求めることはいいのですが、税金とっておいて、大学受験資格有ると認めておいて、教育支援はしてやらないなんて、コドモにとばっちりいくような政策は、私には理不尽にみえます。

 国籍を問わず、(前提として納税者の)子ども達ができるだけ本人の望む教育を十分に受けられることを保障することで、朝鮮学校の子ども達や親は、日本という国に対して良いイメージをもつ可能性が高くなるのではないでしょうか。反対に、もともと他の外国人学校の多くが含まれる「各種学校」をも無償化の対象にするなどと、謳っていたのに、ここにきて各種学校の1つである朝鮮学校だけを、「国交ない国だから」という理由で除外といわれれば、差別された、攻撃されたという負の感情のみが残るばかりです。

 そんなに「日本の学習指導要領」や「国交があるかどうか(ちなみに、朝鮮学校には日本人国籍者も入学してますし、韓国籍の人も結構います)」にこだわることは、国家としての偏狭さを感じます。確かに北朝鮮の政府に対して、あまり良い感情をもたない国民は多いでしょうが、今回の援助は北朝鮮政府対して、ではなく、日本に住む子ども達が教育を受けるためのものです。朝鮮学校在籍というだけの理由で教育支援の差別をして、将来この学校の生徒たちが親日的外国人社会人になる芽を潰すようにしかみえません。

 コドモは親も民族の種類や国籍も選べません。でも、社会の一員としての役割を立派に担える人間になる準備段階では、教育は大切な要素です。大切にされると感じれば相手に心を開くけど、排斥されればその相手を憎むのは自然なことではないでしょうか。

いよいよ始まったバンクーバーオリンピックですが、競技そのものではなくて、スノーボードのオリンビック選手の話題がスポーツ紙の第一面を飾っているのは、なんだかなあと思ってしまいます。

バンクーバー空港に降り立ったときの「服装の乱れ」が原因で、選手村入村式の出席を自粛させた、というのがコトのはじまりです。TVでその選手の服装が移ってましたが、確かに国の税金も使っての「日本代表選手」としては、もっときちんとした服装にすべきと個人的には感じました。しかし、公式ブレザー姿でネクタイを緩め、ズボンはずり下げてはき、シャツのすそを出していた姿」は、イマドキの21歳の大学生では時々みかけますし、典型的なスノーボーダーのファッションにみえました。彼にとってはむしろいつもの「オシャレ」(高校生がわざと制服をラフに着こなし、自己主張している姿ともとれますが)だったのだと思いました。「国の代表なんだから、恥ずかしくないきちっとした服装と振る舞いを」を望む人が多いことに頷きつつも、イキナリ「入団式出席自粛」というのは、私には違和感がありました。入村式とか開会式というフォーマルな場での服装なら「ふさわしくないから、すぐに服装を改めるか、そうでないなら出ないで」というのはあるかもしれませんが、よほど厳格な内規があるならともかく、空港に降り立ったときの服装なのですから、引率者や指導者がその場(本当は飛行機に乗る前)で注意し、指導すればよいことであったと思います。ある意味、この時点ではマスコミの騒ぎすぎの方が問題でした。

自分のいつものファッションの延長のバリエーションとして公式ブレザーやパンツの着こなしを問題にされ、いきなり入村式に出席自粛の処分は、おそらく彼にとっては不本意というか、納得いかなかったのだと思います。せいぜい、高校生が校則守れとがんじがらめにうるさく注意されているのと同じ気分だったのでしょう。そして、入団式の自粛要請の時点で「反省」などしてなかったのです。だからこそ、ウエの人々がこの騒ぎを沈静化するためにセッティングした「反省シテマース」会見で、茶番だとしか思わず、「ちっ、うるせーな」とか「反省シテマース」というような、自分の気持ちに正直すぎるパフォーマンスをとってしまったのだと思います。わざわざ「会見」というマスコミが取材にくる公の場に出すなら、指導者たちは。本当に反省していると確認できてからにすべきでした。本当に反省などしていない上に、マスコミの恐ろしさを理解してない無防備な若者をああいう会見に出すこと自体がウエの人たちの判断ミスだったと思います。あ、彼もKYだっとと思いますが。

日本国民の多くは、最初は「服装の乱れ」にブーイングしてたものの、あの記者会見(本人も日本でここまでニュースとして大きく取り上げられるとは思ってなかったでしょうが)を観て、火に油を注ぐというか、今や「服装の乱れ」(ファッション)よりも「反省しない不遜な態度」への批判が100倍以上になってます。そして、より一層、マスコミの餌食になってしまいました。彼が軽率で脇が甘かったは間違いありませんが、犯罪を犯したわけではないのに、スポーツ紙によっては、その一面にデカデカ取り上げられ、犯罪者みたいな扱いをされるのは、ちょっと異様な気がしました。表向きは彼への批判で社会的制裁(みせしめ)ということなのでしょうが、あんなマスコミの書かれようやネット批判によって血祭りになったのは、むしろ彼の家族や大学、JOC,SAJ,選手団であったようにみえます。JOCはともかくとして、お気の毒な気がしました。親や学校の躾が悪い、選手育成の指導がなってない・・・確かに、そういう部分がゼロではなかったでしょう。ですが、「日本代表」となったのにTPOをわきまえず、自分流のファッションで自己主張(もしかしたら、彼にとっては自然なファッションで無意識だったかも)し、オトナに怒られて嫌々謝罪の言葉を言ったものの、メンドクセーナーの心情をペロリと出すような、コチャマ」態度とる若者は、日本中いたるところに生息します。ごく一般家庭においても、親や先生をはじめとして、マナーややんちゃすぎる言動を注意するオトナに対して、素直にすぐ反省する若者ばかりではありません。無視したり口答えしたり悪態ついたりおちゃらけた態度とる若者は特異な存在ではなく、彼らの多くは年をとれば、様々な経験から成長し、社会の常識をある程度わきまえた人間になるのです。21歳にもなって・・・とはいえ、今の大学生の精神年齢は、30年くらい前の中学生か高校生みたいなのが結構多いのです。確かにオリンピックに出るほどの才能に恵まれ(きっと熱心に練習して努力する人でもあったはず)、マスコミに注目される21歳はほんの一握りです。選ばれし者として、どこにでても恥ずかしくない態度をとってほしいというのが、応援している国民の心情でしょうし、実力があるからといって、何をしても許されるとは思いません。今回の件のみならず、近年はスポーツ選手の育成において、スポーツマンシップ以上に、強くなること、勝つことに偏重した教育が優先されてきた気運は否めません。

今回の件は、引率者や指導者、JOCが彼に徹底的に厳しく指導(まあ、個人的には、あのファッションのことでなくて、むしろ会見でのふざけた態度は周囲の人を不快にさせるガキの態度という点をですけど)する必要はあったと思います。世間が騒ぐから「謝れ」ではなく、自分達のミッションを自覚し、常識ある人間としての振る舞いをしろと。しかし、マスコミが指名手配の凶悪犯扱いにし、全人格を否定するのはやりすぎです。開会式出席の自粛も?でした。むしろ、公の場で公式の服装で出席させるべきでした。一時はSAJが彼の出場資格停止要請がでたり、SAJの笠谷常任理事(往年のオリンピックメダリスト)が辞任まで申し出る騒ぎにまで発展してしまいましたが、そういうみせしめで、選手が本心から反省するのに一番効果があるとは、どうしても思えません。

1つだけ確かなのは、スノーボードの競技がきっと4年前より注目され、勝っても負けても、その選手についてマスコミがとやかく騒ぐことです。正直なところ、「勝てば官軍」で、「強ければ何をやっても許される」みたいになるのは抵抗感あります。彼のみならず、スポーツ選手は今回のことで、注目されるということが、自分だけでなくて周囲にどれほどの影響を与えるのか、もっと自覚してもらいたいなと思いました。

 野田財務副大臣が2011年度からの「子ども手当」の満額支給について、「難しい。ハードルは高く、これからの作業になる」と述べ、財政状況が厳しい中では政権公約通りに実現するのは困難との見通しを示したと報道されました。


 確かに、財源がなきゃ、支給できないのはごもっともなんですが、財源確保のしっかりしたメドがたたないで、「こども手当」支給しますよ、というアドバルーンを大々的にあげて、こういう展開は政府を信用できなくなります。

 先日の「給食費未納者にはこども手当支給を減額」も、フリーライダーとか給食費支払えるのにわざと未納する悪徳な人への制裁措置の案も、社会正義とか公正さをというより、予算足りなそうだからどこから削るかで思いついたって印象受けます。


 政権交代して半年弱で、何もかもすぐに公約どおり実行するのは難しいでしょうが、高校の無償化、長寿医療制度の廃案と新制度の件、障害者自立支援法の廃案と新制度の件、年金制度の改正の件、既存のものを変革してもっと良くしていこうという方向性は評価できますが、こんな状態で実現できるのか不安です。


 サービスの現金給付だろうが現物給付だろうが、財源あっての話です。打ち出の小槌は存在しません、公共施策の財源は、とどのつまり、税金なわけですから、消費税の大幅アップとか所得税や固定資産税や法人税とかの税金を重税化すれば解決するのでしょうが、現状では日本国民の合意がそう簡単には得られないでしょう。一一概に国民といっても、置かれている立場はそれぞれで、こどものいる世帯のみ対象のこの政策は、最初から賛否両論でしたが、今、プライオリティとして何が一番優先すべき施策かの合意って難しいです。


 敢えて「子育て支援」の趣旨に特化すれば、予算なくてすべての子育て中(中3まで)家庭への支給が無理なら、もっと少ない財源ですむこととして、現状で経済的困窮で都道府県立高校の授業料滞納の累積総額が08年度、全国で計7億9,000万円にのぼり、滞納を理由に出席停止処分を受けた高校生が6県で約170人いますので、せめて彼ら(高校生)の学業継続希望しているかどうかの意志を確認した上での援助をしてもらった方が良いのではないかと思います。彼らに職業選択の幅を広げる教育を継続してもらうことで、わずか数年後には、より確かな納税者を多く生み出せる可能性が広がります。学びたくない高校生まで支援する必要はないでしょうが、学びたいのに学べない、スキル身につけたいのに機会すらない若者たちは、それを親の経済力(や躾も込みかな)や社会のせいだと恨み、投げやりになったり、反社会的な感情をもってしまわないようにと。