パーリィピーポー
僕はいま、工事現場でガードマンのアルバイトをしている。
ガードマンとは、工事現場の安全を守るのが仕事である。
当然ながら仕事中は身も心も引き締めて、全力で現場の警備にあたる。
しかし、時には特に危険を伴わないポジションに配置される時がある。業務の内容はただ立っているだけ、だ。
もちろん仕事であるし、自分自身がガードマンとして重要な任務を帯びている事は承知しているのだが、1日の大半をただ立っているだけで終わらせてしまう。
そんな時、僕はコツコツと曲作りをしている。(僕の本業はシンガーソングライターである)
実際に声に出してフンフン♪と歌い、スマホのボイスレコーダーに記録して後できちんと曲として作ってゆく。
僕は暇な現場の時には作曲の時間としてつかい、1秒たりとも無駄にしない人生を心掛けているのだ。
今日もアルバイトをしながら、頭の中で様々な曲を思い浮かべていた。
薄曇りで日差しも弱く、爽やかな風が気持ちの良い6月の午後。
僕の気分は夏を先取りして、炎天下のビーチにいる。
浮かんでくる曲はアゲアゲのアップチューンで、未完成のメロディに乗って体が自然と揺れていた。
ビールを片手に海の家で騒いでいるパリピの気分になっていた時である。
正面からパリピ風のギャル(死語)がこちらへ向かって来るのが見えた。
色黒で、金髪に所々カラーの入った盛り髪。
白ぶちのサングラスに厚底のサンダル。
ミニのワンピースはシルバーのスパンコールで日の光を反射させ、ミラーボールのように燦々と輝いていた。
その女性は、たった今僕が思い描いていた海の家に登場するような人物で、頭の中のパリピが具現化したと思えるほど、正に絶好のタイミングで現れたのである。
僕には神様のお導きとしか思えなかった。
あの女性は頭の悪そうなパリピ風ギャルの姿に身を隠しているが、神の使者なのだ。
いま作ったこの曲こそ、神の認めたメロディーなのだ。
偶然などではない。
全ては神のおぼしめしである。
ああ神様、僕はこの曲で一発当てさせて頂き、儲けたお金で豪華な供物を捧げましょう。
僕はそんな世にも清らかな気分で満たされていた。
そして、頭の悪そうなギャルの姿をしたありがたい神の使者が僕の前を通り過ぎる瞬間がやって来た。
僕は神の使者の姿をしっかりとこの目に焼き付けようと、そのご尊顔を正面からじっくり拝見させて頂いた。
…老女である。
どこをどう見ても、推定70オーバーのババアである。
開いた口が塞がらないとは正にこの事だ。
一体神様は何を僕に伝えようとしておられるのか。
僕の頭の夏は瞬時に過ぎ去り、真冬になっていた。
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イヌザメ
今年の2月に、ペットショップで「イヌザメの卵」なる物を買った。
それは茶褐色のウンコのような物体で、我らが常識として知る「卵」の容姿はどこにも見出すことが出来ない代物だった。
しかし、一般家庭でサメを飼育する事が出来るという事実に驚き、どうしても買わずにはいられなかったのである。
サメと言えば映画JAWSで知られる海の暴君である。
あんな素敵な生き物が、我が家の水槽を悠々と泳いでるなんて想像しただけでワクワクするではないか。
ショップの店員さんの話によると、イヌザメの卵は孵化するまで2ヶ月ほど掛かると言う。
意外と時間がかかるなぁと思ったが、人生のうちの2カ月なんてあっという間だと己に暗示をかけて気長に待つ事にした。
しかし、前述の通りイヌザメの卵は見た目が美しく無いので、癒しの為の水槽の景観を2ヶ月もの長期間汚す事になったのである。
そして今日2016年4月18日。
遂にイヌザメが卵から孵化した。
エサはイカやエビの刺身だそうだ。
僕はまた、新たな家族の誕生に喜んでいる。
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犬を飼う
犬は常に人間にヘラヘラと媚びてエサの催促をし、毎日外を歩きたがり、臭い上にトイレも覚えず、時にはバカみたいな大音量で吠えまくり、だらしなく舌をヘロヘロと出したままのマヌケな姿をしている。
と言うのが犬の大体の僕のイメージである。
猫は自分で毛繕いをし、吠えもせず、勝手に遊び、トイレも自然と覚える賢い動物だ。
1日の大半は寝て過ごし、気が向くと人間に寄ってきて甘えてくる。しばらく遊ぶとまたプイッとどこかへ去って行く。
そんなツンデレな性格も、猫の大いなる魅力と言える。
僕は32年間猫推進派であった。
と言っても僕は基本的には動物が好きなので、犬がいれば撫でてみるし、尻尾を振って寄ってくれば可愛いと思う。
友達の家の犬もおばあちゃんの家の犬も、とても可愛らしく思えた。
しかし、自ら犬を飼うと言う考えは一切持ち合わせていなかった。
犬の躾は大変。
犬を飼っている誰もが口にし、テレビや雑誌などでも犬の躾の大変さを世にくどくどと説いている。
それが子供の頃から記憶に刷り込まれ、実体験も無いのに想像だけで疲れてしまう。面倒くさがりの自分には絶対に向かない、縁のない動物だと思い続けていた。
ところが先日、あるペットショップに行った時である。
親友の女の子が、犬を見たいと言い出した。
僕はいつもなら完全に無視する犬のコーナーへ足を踏み入れた。
ガラスケースの向こうには、売られるのを待つ可哀想な仔犬たちが淋しそうな目でこちらを見ている。
ドナドナが頭の中でリフレインしていた。
親友は白いフワフワとした、いかにも女の子が好きそうな犬を抱かせてもらっていた。
僕は新品のダスキンモップの様なその犬には微塵の興味も湧かなかったので抱かなかった。
ふと一番端っこのガラスケースを見ると、少し育った大きめの犬がいた。
覗き込むと、尻尾を大きく振って近寄ってきた。
なかなか精悍な顔つきをしている。
ビーグルと言う犬だそうだ。
僕は犬の種類など、柴犬とブルドッグくらいしか知らなかったので、初めて見たビーグルに興味を持ち始めた。
ほうほう、なかなか可愛い顔をしているじゃないか、としばらくガラスケースを覗いていた。
すると親友が
「抱いてみれば?」と言った。
僕は犬をちゃんとしっかり抱っこした事がなかったし、商品である仔犬に怪我でもさせたら大変だと思い、今までショップで犬を抱いた事が無かった。
僕はこんな機会はなかなか無いなと思い、非常に軽い気持ちでそのビーグルを抱っこさせてもらう事にした。
ビーグルは先程までケースの中で大暴れしていたが、僕が抱くとすっかりおとなしくなり、顔をペロペロと舐めて来た。
そして、汚れのない澄んだ瞳で見つめて来たのである。
その瞬間、数年前の某金融会社のテレビCMが頭に流れた。
しばらく見つめ合ったあと僕は犬に
「うちに来る?」と問いかけた。
こんな軽薄な言葉を発したのは何年ぶりだろうか。
雄の仔犬をナンパしている自分は今、世界で一番バカバカしい軽薄な男になっている。
言ってて恥ずかしくなってきた。
すると、そのビーグルは僕の目を見つめながら、とてもか細い声で
「クゥ~ン」と鳴いた。
その瞬間、僕の心臓がキュッと縮まる感覚を覚えた。
しかし、いくら可愛くてうちに来たがってると言っても、犬を飼うと言う事は相当な覚悟と気合が必要なのだ。
その上、血統書付きのビーグルである。金魚を買うのとは違う。そう簡単に購入できる金額ではないだろう。
それでもこのビーグルがとても気に入ってしまったので、一応店員さんに値段を聞いてみた。
すると、無理すれば中学生でも買える値段だったので非常に驚いた。
ゼロが一つ足りないんじゃないか?と思ってしまうほど、破格の値段だった。
気がつくと僕は犬の契約の書類にサインをしていた。
家の人に何も聞かずに勝手に犬を購入してしまった。
しかしもう後には引けない。
もうこのビーグル無しでは残りの人生は暗く寂しいものになるだろう。
このビーグルに出会ったのも、値段が破格だったのも全部運命なのだ。
運命は宇宙のアカシックレコードに記載されているもので、誰にも書き換えられないし変える事は出来ないのだ。
そんなおバカな妄想までしてしまう程、もう頭の中はビーグルでいっぱいになっていた。
親友がどんなに止めようとも、家族に罵倒されようとも構わない。
家を追い出され、犬と共に路上生活者になろうとも、同情するなら金をくれの精神で生きて行くしかない。
僕をそこまで変えてしまったビーグルはこの子である。
2015年10月9日生まれ。体重4キロ。
ビーグル。
今のところお座りと待てしか出来ないが、じっくり時間を掛けて育ててあげようと思う。
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カブトガニとイヌザメ
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海水魚を始めた頃からずっと憧れであったカブトガニの飼育に、ついに踏み切った。
日本のカブトガニは天然記念物なので、当然一般家庭で飼育する事は出来ない。
これはアメリカのカブトガニである。
海水魚屋の店員さんの話によると、海水魚の飼育が普通に出来ている水槽であれば、ザリガニを飼う感覚で飼えるほどカブトガニは簡単だそうだ。
しかし、海水魚屋の店員さんにすればザリガニ程度の技術で飼えるのだろうが、僕のようなにわか海水魚飼育者にすれば困難な道のりであろう。
ネットで調べてみた所、カブトガニの飼育について沢山の記事が出てきたのだが、みんな言う事が違うので、何を手本にしたら良いのかわからない。
底砂が必要と言う人もいれば、ベアタンクで長生きさせてるという人もいる。
陸を作り時々甲羅干しをさせるという意見もある。
ザリガニに甲羅干しは必要ないのでは、とも思うが、店員さんがザリガニ程度の…と言っただけでこれはザリガニではなくカブトガニなのだ。
しかし、陸を作ると言うのは物理的に難しいのでこれは他の手立てを考えて対処する事にしよう。
せっかく長年の憧れの生き物を手に入れたのだから末長く元気に過ごして頂きたいものである。
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ハチの思い出
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小学3年生の頃、キバチという蜂をペットにするという遊びが大流行していた。
我々はキバチと呼んでいたが、正式名称はコマルハナバチという。
このハチはスズメバチのような鋭い目付きもしておらず、ロボットのようなメカニックな身体つきもしていない。
ネズミの国の黄色いクマのように太り、全身を薄黄色の体毛に覆われふわふわとしている。
黄色くて丸っこくてふわふわしててとても可愛らしい蜂だ。
そしてこの蜂のオスは刺さないのだ。その上とてものんびり屋の蜂なのである。
白い小さな花の周りをブンブンと鈍臭く飛び回るが、愚鈍な為に小学生でも素手で簡単に捕獲する事が出来る。
捕まえたキバチに裁縫セットの糸を巻き付けてリードにし、遊園地の風船の如くユラユラと宙を舞うキバチを愛でていた。
教室にまでキバチを持ち込み、教師を怒らせる者もいた。
僕もその一人である。
机にセロハンテープで糸を固定し、授業中もずっとキバチと戯れていた。
哀れなキバチは一日中体に糸を巻きつけられ、同じ所を何度もグルグルと旋回し、力尽きて哀れな一生を終えるのである。
僕は懲りずに毎日キバチを捕獲して命名し、無理矢理ペットにして何処にでも連れて歩いた。
キバチがライフスタイルの一部になり、キバチが居ない生活など考えられなかった。
そんなある日、いつものように近所の公園のキバチ生息地に赴き、僕は本日の犠牲となるキバチを物色していた。
そして少し小ぶりのキバチを見つけ、勢いよく素手で蜂を捕まえた。
その時である。
右手の中指の付け根に激痛が走った。
「ぎゃっ!!」と叫んで手を開くと、僕が捕まえたのは小さいミツバチであった。
当然ながらミツバチは毒針を所持しているので、突然掴まれた事により防衛本能で刺したわけである。
僕は突然の蜂の逆襲に驚き、その場でだらしなく泣いた。
もう蜂なんか見たくないと思った。
幸い、掴んだのがミツバチという蜂の中でも比較的弱い毒の持ち主だった為、そんなに腫れずに痛みもすぐに消えた。
しかしこの一件以来、ハチに対して恐怖を覚え、二度と素手で触ろうなどという気にならなくなった。
その後キバチを無駄に殺す事は無くなったが、今でもあの白い小さな花の香りを嗅ぐと、キバチの事を思い出し背筋がゾクッとなってしまうのであった。
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でっかいトカゲ
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今年の2月、冬のレプタイルズショーで買ったアルゼンチンブラック&ホワイトテグーのナナちゃん。
約8ヶ月で3倍くらいになった。
ドッグフードも肉も虫もマウスまでも。
腹が減ってる時のナナちゃんは恐竜だ。
僕の顔を見るなりものすごい勢いで突進して来る。
ガラスのケージが壊れるんじゃないかと思うほどの勢いだ。
そして食べたら寝る。
ナナちゃんは食べて寝るだけのおとなしいトカゲである。
昔イグアナを飼っていたけど、イグアナより飼いやすい。
たまーに暴れる時があるけど、基本的には温厚な性格をしているナナちゃん。
そういえばイグアナも風呂好きだった。
シャワーを浴びせると目をつぶってジッとしていた。
我が家の小さな恐竜は、今日もマウスを4匹も食べ、ひたすら寝ているのである。
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イエローテールクリボー
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【閲覧注意】久しぶりの爬虫類ネタ
イエローテールクリボーという種類のヘビを買ってから約2ヶ月が過ぎた。
このヘビはかなり大きくなるらしいが、大きな瞳と体色の美しさに惹かれてついつい購入してしまった。
同じ種類のヘビでインディゴスネークというヘビも飼っているが、そちらも大食漢で大きくなる。
将来の予想図↓↓↓
こんなに素敵な動物が我が家にいると思うだけで胸が高鳴り興奮してしまう。
これから長い冬を迎える。
乾燥と低温に気を付けて、元気に春を迎えられる事を願う。
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人違いです!
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僕は慌て者で注意力が散漫な上に自意識過剰という、非常に厄介な性質の人間である。
小学生だった頃のある日、校舎から「おーい」という掛け声が聞こえ、振り向くと教室のベランダから数人の女子生徒がこちらに向け手を振っていた。
僕は自意識過剰な性質ゆえに、女子生徒達は自分に手を振ってくれているのだと思い、ニヤニヤしながら大きく手を振り返した。
しかし、彼女達は僕の背後にいた女子生徒に手を振っていたのだ。
僕の背後で校舎に向け手を振っている女子生徒に気付いた時、僕は自分の顔面が熱くなってゆく過程をはっきりと体感した。
そして林檎のような顔色で足早にその場を去ったのである。
このような勘違い体験は腐る程あるのだが、僕が一番恥ずかしかった事例をここに紹介しよう。
8年ほど前の事である。
親孝行な僕はある日、母とスーパーマーケットで夕飯の買い物をしていた。
僕はスーパーに行くと真っ先に鮮魚売り場へ直行する。
昔活き魚を扱う居酒屋で働いてた事もあり、新鮮な魚を見るとどう調理しようかと、胸が高鳴る。
魚は見るのも食べるのも好きなのだ。
夕方頃にスーパーへ行くと、鮮魚売り場にわらわらと人が集まってくる。
みんなの狙いはタイムセールである。
19時頃タイムセールが始まり、次々と値下げの赤いシールが貼られてゆく。
マグロやカツオ、サンマやタイなどの刺身パックに値下げシールが貼られると、醜い争奪戦が始まる。
スーパー歴の長いベテランおばさん達が四方八方から手を伸ばし、半額になった刺身などを次々にさらって行く。
僕も負けじとイカ刺しあたりを狙うのだが、シールが張られた瞬間、光の速度で目の前からイカ刺しが消えるのだ。
もうこうなったらタコでもなんでもいいから手に入れようと躍起になり、おばさん達を振り払ってやっとの思いで刺身用のタコをゲットした。
僕がおばさん達に揉みくちゃにされていた頃、母は呑気に野菜売り場で野菜を物色していた。
僕は母がいる野菜売り場へ行き、母が持つ買い物カゴの中に戦利品のタコを放り込んだ。
すると、カゴの中には僕の大嫌いなカボチャとサツマイモが入っていた。
僕は声を荒げて「なんでこんなもん買うの!」と言ってカゴの中のカボチャを手に取り、売り場へ戻そうとした。
その時、僕は何か違和感を感じた。
ふと母の顔を見ると、そこにあるのは全然知らないオバさんの顔だった。
背丈と服装が母に似ている、全くの赤の他人だったのだ。
オバさんは目をまん丸にして僕の顔を直視していた。
数秒間、僕の頭は回転を止めていた。
そして我に帰ると、またまた僕の顔面が赤く熱くなってゆくのを感じた。
僕は林檎のような顔色で「すっ、すみません、間違えました!」
と言って頭を下げ、足早にその場を去ったが、背中にオバさんの視線を痛いほど感じていた。
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トイレの神様、仏様
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トイレにはそれはそれは綺麗なものと、とてつもなく汚いものとがある。
出来れば綺麗なトイレで用を足したいものであるが、どうにもこうにも選べない状況があるものだ。
ーーーーーー腹痛。
それは突然やってくる。
前触れがある時もあれば急に痛くなる時もある。
急な腹痛に襲われた時はとにかく全ての細胞が便器を欲する。
痛みも何もない清々しい顔をした人を見ると無駄に憎しみが湧き、自分の腹と取っ替えてやりたくなってしまう。
考えないように努力をしても、白く丸みを帯びた便座が頭の中を右往左往して腹の痛みを増幅させる。
そして、望みに望んだ便座に辿り着いた時には女神様を見たような気分になる。便器が神々しく光って見えるのだ。
それが例えどんなに汚物で汚れていても、便器様、仏様と拝んでしまいたくなる。
僕はかなり頻繁に腹痛に襲われる。半泣きになりながらトイレを探すという愚行を3日に一回のペースでやらかしている。
憎たらしい事に、渋滞の車中などトイレとおよそかけ離れた場所で催してくるのは何故だろう。
逃げ場の無い不安が余計に便意を煽り、ウンコの権化と化した僕はひたすら「ウンコ!!ウンコ!!」と運転者を困惑させるのだ。
学生の頃はよくテスト中に腹痛に襲われていた。
僕はかなり偏った勉強をしていた為、嫌いな教科はほとんど勉強をせずにテストに挑んでいた。
生物や音楽、美術などは得意げにエンピツの音をカツカツと鳴らして順調に問題を解いてゆけるのだが、数学や科学や物理などは名前を書いただけでエンピツの音は止まる。
そういう時にぐるるっとお腹が怪しい動きをするのだ。
テストに集中して便意を忘れようとしても、丸っきり訳のわからない問題が並ぶわら半紙を睨むだけで便意は治まらず、腹痛に益々拍車をかけるばかりであった。
当時学校で糞をするのはとても勇気がいる行為であったため、教師に腹痛を訴える事もせずに脂汗をかきながら時計を睨み続けていた。
テストが終わると真っ先に教室から駆け出し、トイレの花子さん以外誰も使用しないような1階の隅の暗いトイレに駆け込んで「ふうっ」とため息交じりに用を足す。
我慢に我慢を重ねてひねり出した時の爽快感は筆舌に尽くしがたい。
最近では尻を洗浄してくれるウォッシュレッド機能が備わっているトイレが多くなってきた。
僕はつい最近までこのウォッシュレッドを使う事に躊躇いを感じ、使えなかった。
便器の中から水が出てくるというシステムが何やら汚らしい気がしていたのだ。
本当はちゃんとノズルが出てきて清潔な水が尻を洗浄するわけだが、排泄物が漂う便槽から噴水の様に汚水が尻をめがけて噴出するという妄想に取り憑かれ、自分で拭いた方が綺麗になるとウォッシュレッドに背中を向け続けてきた。
しかしつい最近、あるデパートで用を足した後誤ってウォッシュレッドを起動させてしまった。
すると良い具合に温かい温水が尻を絶妙な水さばきで優しく刺激し、汚物を洗い流してくれた。
人生初のウォッシュレッドを自らの誤操作により体験した感想は、気持ち良いの一言だ。
それから僕はウォッシュレッドの虜になってしまった。
ウォッシュレッドにも種類が色々あって、無駄に尻が痛くなるものと、尻を優しく包み込む様な快適なものとがある。
もちろん水の勢いは調節出来るのだが、水勢の強弱による違いではなく尻が感じる水の形とでも言おうか、その水の形により痛いのと気持ち良いのとに分かれるのだ。
痛いウォッシュレッドは水の形が縦の線状になっている。
あくまで尻が感じ取る感覚で、実際はどういう形状なのか確認はしていないが、とにかく水勢を弱くしないと切る様な痛みがデリケートな肛門をいたずらに刺激する。
一方、優しいウォッシュレッドは水の形が丸みを帯びていて、いくら水勢を強くしても痛みを感じない。
肛門の周囲を優しく包み込んでくれるのだ。
僕は用を足すという事はひとつのドラマであると思う。
急な痛みに襲われて全身の感覚を便意に支配され、金脈を掘り当てた気分でトイレを発見し、用を足した後はウォッシュレッドに翻弄される。
たかが栄養の絞りカスの為に、こんなにも振り回されるとは。
腹痛に悩まされる時間を少しでも無くしたいと願うが、僕は大食いなので腹痛とはうまく付き合ってゆかなければならない。
食いしん坊の悩みは尽きないのである。
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おとうさんのそば
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僕は長い間そばが食べられなかった。
別にアレルギーでもなんでもないが、そば粉の匂いを嗅ぐだけで悪戯に胸の奥が刺激され、ウエッと胃液が上がってくる程だ。
椀子そばなど信じられない光景で、次々と胃の中にそばを流し込む行為は地獄絵図としか思えない。
味もよくわからぬままどんどん飲み込み、最後には満腹を超え苦しくなって果てる。これではそばを作った人に失礼だ。
そばを作るのはとても大変なのだから。
小学生の頃父親がダイエットを始めた。親父が休みの日曜日は、ランチタイムにざるそばを食べるという決まりになった。
小学生というのは大抵親の恐怖政治のもとに暮らしているので、逆らう事は愚か、文句も言えずに渋々従うしかない。
別に今までも大したランチを食べていたわけではないが、この先日曜日はずっとざるそばしか食べられない思うと、せっかくの華の日曜日も暗く寂しいものになってしまう。
とんだ悪政だ。
ダイエットするならお一人でどうぞと思ったが、親父にそんな事言える訳もなく、僕は独りで涙を飲んだ。
しかし、この時はまだそばに対してそれほど憎悪の感情を持っていた訳ではなかった。
そば嫌いになる決定的な事件が起こったのは、日曜そば習慣が施行されてから一カ月後の事である。
突然親父が自分でそばを打つと言い出したのだ。
僕はそばなんて一般家庭で作れるのか甚だ疑問であったが、親父はヤル気に満ち溢れ、そば粉と麺棒を買って来てそば粉を練り始めた。
子供は単純なもので、粉を練る工程を見てだんだん面白くなって来た。
弟もそば打ちに興味を示し、僕らは三人で交代で粉を練った。忘れていた家族団らんの光景が蘇った気さえして来た。
十分に粉を練ったら今度は麺棒で平たくのばすわけであるが、親父の拘りによりそば粉100%でツナギも入れていない為、思うようにのびない。
そば粉の塊は干上がった沼のようにヒビ割れている。
いくら麺棒でのばしても、ボロボロと端の方が崩れて行く。
僕はなんだか不安になってしまったが、今更どうにも出来ないので親父に任せて見守る事にした。
数分後、均等ではないが何とかそば粉の塊は丸く薄くなった。
しかし依然としてヒビ割れた沼の状態である。
次は薄くのばしたそばを折りたたみ、いよいよそばを切って行く作業だ。
そば粉100%ツナギ無しのカサカサにヒビ割れたそば粉の塊は、折りたたんだ所でボロッと崩れた。
まるで水分の無い粘土のようである。
素人がいきなりそば粉100%のそばを打つなんて、無謀な事極まりない。
しかし、親父は諦めずにそばを切り始めた。
素人なので、切り方も下手くそだ。そうめんのように細い箇所ときしめんのように太い箇所が交互に並んでいる。
なんとか時間を掛け、やっと切り終えたら今度は母親が麺を茹でる番だ。
僕は心底マズそうだと思っていたが、自分達で一から全て作ったそばに少なからず愛着が湧き、茹で上がるのをわくわくしながら待っていた。
茹で上がったそばはやはり見た目が悪かった。
そば粉100%なので色が薄黒く、折りたたんだ所で崩れてしまったため麺が短い。しかも太さが色々なので、これを見てそばだと特定出来る人がいたらお目にかかりたい程気味の悪い食べ物になっていた。
しかし自分達で作ったそばだ。作った物は責任を持って食べなければそば粉も浮かばれない。
おそらく家族全員が心底マズそうだと思ったに違いない。
僕は意を決して一口食べてみた。
まずい。
非常にまずい。
そば粉の味の自己主張の強さに加え、ボソボソとした舌触り、硬い噛みごたえ。
僕は小学生ながらこれ以上まずい物を食べた事がない、と思った。
家族全員が同じ感想を抱いてる事は、みんなの表情に露骨に表れていた。
僕はトーストと目玉焼きだけだった昔の日曜日に戻りたいと思ったが、親父が張り切って打ったそばが目の前に山盛りになっている。
逃げ出したい気持ちを抑え、僕はそばをなるべく噛まないようにして胃の中に流し込んだ。椀子そばの要領である。
親父は「来週はもっと美味く作ってやる」と来週もそばを打つという意気込みを語り、僕の心に恐怖を叩き込んだ。
親父は宣言通り毎週そばを打つようになった。
しかし、週一回の訓練によりメキメキ上達する程そば打ちは甘くない。
僕らは毎週親父の作る「そばのような何か」を食べるハメになってしまった。
この記憶により、僕は長年そばから遠のいた生活をしていた。
しかし今度は自らがダイエットをしなければならない立場になり、お腹が空いたらそばを食べようという事になった。
そして十数年ぶりに食べたそばは、思っていたより食べやすかった。
しかし、ひとたびそば粉の香りが口の中に広がった時、あの忌々しい記憶が鮮明に蘇るのであった。
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