天理教の教会で生まれ育った私は


怪我をしたときなど、


何かと親や周りからお諭しをされて育ちました。


天理教の寮生活をしていたとき、


側溝に足がはまってしまい、


足の付根に大きなあざができました。


そのときも、寮生達から


あーだこーだと色んなことを言われ、


「痛かったね、辛かったね」


と言ってくれる寮生は


一人もいませんでした。


あるとき


電車から人混みにまみれてしまい、


脚を電車とホームの間に挟み、大あざをつくったとき、


ものすごい痛みで、アザもどんどん広がり


辛かったとき、


父から、労りの言葉どころか、


「みさえの〇〇がなってないからだ」


と言われたことは、何年経っても忘れられません。


嫁いでからも、妊娠中 お腹の子が逆子になると


義母から

「みさえちゃんの頭が高くなってるんだから、心低くしてしっかり反省しなさい」


と言われました。


そんな生育環境だったため、


もう、自分にもそれが染み付いてしまって


なかなかとれないんです


それが 辛くて たまりません



ここ数日


毎日 毎日


消えたい


いなくなりたい


逝きたい


という思いが巡っています


自転車で怪我をしてから、


自分がいけないのかな…


自分がもっとこうしなきゃいけないかな…


と無意識に、幼い頃からの洗脳で


苦しんでいます


なんの存在価値も見出すことができず


苦しい毎日…



そんな私の様子を見ていた夫は


いたたまれず、


私が通っている心療内科へ行こうと言い、


夫に連れられました。


先生に、事の経緯を説明したら


「怪我して靭帯切ってる人なんてそこらへんにいっぱいおるで。何で自分そんなに思いつめてるん?」


と言われ、


ああ、世間一般の考えは こうだよな…


教会関係の人はあーだこーだと


勝手なことを言ってくるけど


普通の感覚の人は


きっとこうなんだな…


と少し気持ちが軽くなりました。


とはいえ


まだ 苦しいです


早く洗脳から逃れたい。


普通になりたい。


苦しみから開放されるには


まだ時間が掛かりそうです。