先日、心療内科に行ってきました。
そこで、今の私の状態を話しました。
義父への “ 許せない ” という気持ちは今はなく、
だんだんと許せるようになってきていること、
あれから会っていないけれど、もし次会う機会があったら、
普通に話せる状態であること、
前のように “ 死にたい、いなくなりたい ”
という気持ちは今は無くなり、落ち着いていること、
それを聞いた先生は「良かったなぁ」と喜ばれ、
そして、
義父を許せる気持ちがある一方で、
やはり教会を継ぐか継がないかは別問題で、
今の私には、
教会を継ぐ、
教会を継ぎたい、
という気持ちはなくなっていることも話しました。
先生は
「それでええねん。ふじたさんは教会の奥さんやらんでもええねん。旦那さんがもし継ぐってなっても、ふじたさんはしなくても良いと思うで。」
そう言われ、打ち明けづらかったことも言いました。
私
「もし夫が継ぐってなったとき、私が何もしなかったら、夫の親戚たちにめちゃくちゃ言われるのが怖いんです…
『もっと頑張んなさい』
『何もしないで何してるの?』
『教会に嫁いだんだから』
そう親戚中から絶対に言われるんです。
それが怖くて…」
そう打ち明けると、先生はあっけらかんと
「言わせとき
旦那さんに言われとき
そのうち言われんようになるから。
最初のうちは『あの嫁何もやらん』て
言われるかも知れないけど、
ずっとそうしてたら
諦めて何も言わんようになるから
そんな好き勝手言ってくる人たちのために
良い人になる必要ないねんで。」
私は一瞬ポカンとなりました。
今までずっとずっと
『どんな人にも笑顔でいなさい』
『自分の悪口を言う人を拝んで通りなさい』
そうしつけられてきて、自分もそう生きてきたため、
そういう概念がなかったのです。
私
「良い人にならなくてもいいんですか…?」
半分涙目
先生
「自分に良くしてくれる人や、ご近所付き合い悪くなると困る人とかは別やけど、
自分のことをなんやかんや言うてくる人のために自分を犠牲にする必要はないんやで。」
そう優しく言ってもらい、ものすごく気持ちが楽になりました。
そっか。頑張ってみんなに好かれようとか、
良い人になろうとか、しなくていいんだ…
その気持ちを手放せたことで、今までよりもずっと生きやすくなる…!
そう思えました。
今まで親戚たちにあれこれ言われることを恐れるあまり、
先のことばかり考えてしまっていたけれど、
教会を継ぐか継がないかなんて、
何年先か分からないことで今悩んでも
仕方ない。
今は今しかない。
今をしっかり生きて、向き合わないと。
先生の言葉で、今と向き合えるようになれそうです。