僕は電車にゆられている。

満員電車ではないけれど、空いてる席はない。

僕は座席に腰を降ろしている。

隣りに座ってる女の子のクツが、僕が履いてるそれと同じものだと気づく。
こうして並んで座ると少し可笑しく思える。

ある駅に列車止まり、また、乗客が数人乗り込んでくる。

腰の折れた小さなおばあちゃんが杖をついてこっちに向かってくる。

親切のつもりで僕は席を立ち、おばあちゃんとは違う方向へ行き、吊革に捕まった。



ところがおばあちゃんは空いてる席を通り過ぎ、僕のとなりで吊革に捕まった。
次の駅に着くと、また乗客が乗り込む。すると、当然ながら僕が座っていた席は瞬く間に奪われた。


きっと、すぐに降りるんだろう。


向こうの方で、リュックをからったおばあちゃんが乗ってきた。
男性が、席を譲る。『ここ、どうぞ』
リュックのおばあちゃんは笑って
『気にせんでいいと、座っときなさい』
男性『いや、どうぞ』
リュックのおばあちゃん『大丈夫、大丈夫』
そんなやりとりを何回か繰り返し、結局、リュックのおばあちゃんは立っている。

杖のおばあちゃんはといえば、次の駅も、その次の駅でも立ってる。

すると、ある女の子がおばあちゃんに話しかけた。『ここに座ってください。』

おばあちゃんは深く頭を下げ、お礼を言い、女の子が譲った席に腰をおろす。

女の子は僕の隣りで吊革に捕まる。

その女の子のクツが、僕の履いてるそれと同じものだった。こうして並べて見ると、僕の靴の方が汚れていることに気づいた。

博多駅についた。

杖のおばあちゃんはもう一度、女の子にお礼を言って去っていった。

リュックのおばあちゃんはもう一度、男性にお礼を言って去っていった。








こないだ、初めて千と千尋の神隠しを見た。

個人的に、ジブリ映画観を変えさせられた作品
破壊的悪魔的メテオ的な作品だと思った。

トンネルの向こうは不思議な世界があった。

欲多き者がうごめく湯屋に、無気力で意気地のない小学四年生の千尋が1人迷い込む。

湯屋はまさに現代社会の縮図。仕事をしないものは排除され、礼儀や忍耐をもって顧客との関係を確立させなければいけない。


その中で千尋は生き抜く為の力、捧げる為の愛を知ることになる。


金で媚びを売る者

大口ばかりを叩くけど
だれかの力を借りなければ人と話すこともできない者

自分の思い通りにならないと
怒り、荒れる者

それは自分の居場所を探す者。




やがて、千尋は攫われていた両親と再会し、もと来たトンネルの向こうへと帰っていく。

しかし、その頃には、また頼りのない小学四年生に戻っていた。




人は忘れていくもの。
甘やかされれば、怠ける。
そのぬるま湯な環境に、また甘える。

本気になれば、だれだってたくましく生きれるのに。


っていうのが僕の解釈。

けど、ナウシカが断トツでとてつもなく面白いらしいから、それを見てからジブリランキングを考えるとしようそうしよう。



























今年も始まって31日。

時の早さを、速さを感じる。

てゆか、

一日って、24時間しかないんだなって、不意に呆気にとられた。

だって、休みの日とか、10時間寝ることあるけど、それってたいして特別なことじゃない。

けど、一日は半分しか残ってない。


そりゃ、はやく感じる訳だ。


いまをときめく、煌めく時間は残すところ、少ない。

ということを、だれもが再確認のスパイラルを繰り返すんだろう。


時は金なり。