終戦か敗戦かはたまた解放か捉え方立場によってちがうけれど
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」 には違いない。
1904年 日露戦争 開戦
1914年 第一次世界大戦 開戦
1919年 パリ講和会議 人種的差別撤廃提案が否決。
1939年 第二次世界大戦
この頃、日本は経済成長を続けて豊かな国へと発展し資源石油を求め国外へ進出して。
しかし 当時の世界は悲しいことにアジア人がアジアの国が力を持つことは許せなかった。
欧米諸国の一般的な人々はむしろ人間でない存在と思っていたかもしれない。
後、資源を断たれ第二次世界大戦へと突き進んで
それは当たり前のように日本は敗戦へと突き進んでいく
世界を歩いたことがある人間ならその肌で感じたことがあるでしょう。
いまだに黄色人種 日本人 というだけで差別されてる。
100年前黄過論の世界では黒人も黄色人種も差別されていた今の比でない程に。
私はどうしてもあの戦争に向かった背景に人種差別偏見が深く影響したのではないかと思えてならない。
戦後70年 私たちは少なくとも平和に暮らせている。
これは 良くも悪くも全てをひっくるめて先人が苦しみ作り上げてもらえた今日の世界で
今では肌の白い人とも黒い肌の人とも食事ができ笑顔で話しが出来るところまで常識は変わることができている。
一つの出来事でも負の部分は認めた上で正の部分を見つけ出す習慣を持ちたいものです。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
男たちの大和のロケ地にて今年は感謝の気持ちも含めて黙祷したいと思いました。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
by 山本五十六