時間というのは本当に残酷やね。
父親との会話で盆のスケジュールを聞かれ。
どこか寂しげな父親の声は聞いた事のない細さに不思議な感覚に陥る。
小室ファミリーのが流行ってた夏休みの校舎も
意味も無く駅や図書館に集まった稲中時代も。
世紀末のロンゲだらけIWGP時代も
僕たちが過ごした時代を今の二十歳はしらない。
この先、父親と過ごせる時間がどれほどあるのだろう。
上京人の人間ならそれは極々わずかなものだって事くらい簡単に想像がつくんだろうけど。
数年前まで共に夏を過ごした友人たちは皆結婚して子供が出来て
まるで 二倍速の早口で映画を観ているみたいに「いま」が耳に全然入ってきやしない。
だからといって仕事を捨て 両親の近くで時間を過ごす?
一念発起して違う人生にチャレンジしてみる?
そんな貪欲さまだ残ってるのかな・・・
この夏は父親が過ごした半生はどんな時代を生きてきたのか聞いてみよう。
私たちはこの先どんな時間をすごしていくんだろう。
だれかに訪ねてみよう。