幸せになりたい

わたしはそう思って生きています



けど、わたしには親がいる
ご飯を食べれる
好きなことをやらせてもらっている

幸せなことです
この幸せがない人もいるから
その人たちの中には
これ以上の幸せを望むか?
と思う人もいると思います


そして、ウェーブのみんながいる
ウェーブという居場所がある
充分幸せなんだと思います




でも、その幸せを手に入れたからもっと上の幸せを求めてしまう
欲張りだなと自分でも思います
だから、幸せになるのが怖くもあります
だって満たされないから

そして、それがなくなったときすごく辛いから
幸せを知っているから、今こんな気持ちなんだと思う

あのときに戻りたい
幸せになりたい
じゃあもっとたくさんの幸せをしってしまったとき
その幸せを失った時
わたしはたえられる気がしないのです







読み返したら文としてなってない…笑


そして、これは将来わたしの黒歴史となることでしょう。







はる




不登校になって、一体どれだけの季節が過ぎたでしょうか。





私は何か変われたでしょうか。




あれから少しでも強くなれたでしょうか。







とうとう中学三年生、、、受験生になってしまいました。

いざなってみると何が何だかヽ(^o^)丿



教室が二階から三階になり、クラスが変わって・・・他は?
特に何も変わらない。



.......実感沸かないヽ(^o^)丿



沸かないというより、信じたくない


現実逃避してるだけ?



今まで見たくないものや、聞きたくないことには一切見ようと、聞こうとしなかった。



ずっと逃げてきた。

逃げることは決して悪いことではないけれど、このままでは何も変わらない。


逃げてばかりじゃ、ずっと立ち止まっているばかりじゃ、このまま中学校生活が終わってしまう。


何もできずに終わるには嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。



でも、何をしたらいいか分からない。

どうしたらこのモヤモヤを抜け出せるのか分からない。


苦しくて、泣こうにも涙が出なくて、悩んで悩んで。


....学校に行くしかないと思った。



いや、しかないことは無いんだけど、行こう。と思った

少しの無理をしてみよう。


もしだめでも私には帰る場所がある!

応援してくれる人がいる。独りじゃない。


独りじゃない!


.....ということで少し旅に出ます。
案外早く、ギブしてしまいそうだけどそこは踏ん張ります。







一年後みんなが笑えてますように。



一年後そこに私がいますように。







                          _Ran_






自分の非力にはもうどうしようもないものがあります


3年前の3月11日に福島に居る親戚が被災し、今現在も避難しています


大分と福島を隔てる距離はかなりのものがあり、縮まることはありませんでした


自分にできることを探し続け、募金とかもしました


こちらに伝わってくる情報はどこまでが本当か全く分かりませんでした


震災後福島に行こうと母親から誘われたのですが断りました


放射能よりも不登校なのを親戚に伝えるのが怖かったのです


震災から1年後福島に行き、母の実家に行きました


避難区域なのですが端の方にあるので福島駅よりも放射線量が低かったです


しかしおばの家の方は線量が高く、今では家の目の前にバリケードがあります





そして来週火曜日、震災から三年の日に試験があります


1年遅れで試験を受けるにあたって分かったことがあります


「不登校だから、病気だから、被災したから・・・etc.って理由をつけて

人と会うのを避けたり、いい加減な人生を送っていい訳ない」

ということです


色んなことで人生振り回されたりしても、

山のようにどっしりと構えて心を落ち着かせて居れたらいいなというのが理想です





大福っ子






2月15日でウェーブに通い始めて1年になりました



1年前の14日
見学に来ました

1年前の15日
通い始めました





長いようで短い1年間



ウェーブに通い始めて本当に大切な友達ができました
あまり笑わなかったわたしを、笑わせてくれました
みんながいたから学校に行けました
みんながいたから修学旅行に行けました
みんなのおかげでいっぱい思い出ができました




今までありがとう
これからもよろしくね






はる

前編からの続きなのですが、


不登校になってから、余計に人に気を遣うようになったかも知れません。。。


自分なんてなどということを何万回も思ったし、

どうやって死んだら覚えててもらえるかという事ばかり考えてた自分が居て、


それでいて人の迷惑にならないように必死に頑張ってました





「自分探しの旅ってどうするんだ?」


自分が何のために生まれたのか、

何を求め、何を果たすべきかを考えた。


中学で本来考えるべきじゃないことなんだろうけど、

考え過ぎてしまって余計に生きることに疲れた(+_+)


自分は学校生活に適応できなかった。生きづらかった。

自分は一人で生きていけるほど強くもない。


でも卒業が近くなるにつれて

みんなはどうなったのか見てみたいと強く思った


分からないけど死んだら二度と会えなくなってしまうという理由だったと思う


小学校の友達も居たし、中学の短い間ちょっとだけ優しくしてくれた人や

一緒に勉強を頑張ったり、部活をしたり…


そういうのって辛いことがあっても、過去の片隅の中で光ってたりする


今会ったら、それが粉々に砕け散って消えるかもしれない


それも覚悟でこっそり見に行ったのだが…






110番のお世話に(-_-;)









あまりにも怪しい格好で学校の裏山や、校庭をうろついたのでそういう結果に…


(ここは笑う所です)





警官が先生に見覚えがあるか聞いたものの、

転任だったり、2年の時の担任も一度しか顔を合わせておらず、気づきません。


ちらっと同級生と目が合って、それはまさに「大人みたいなこども」でした。

「怖い」と「楽しそう」という感情が交じっていました


学校のトイレに入ったとき、鏡に映った「大人みたいなこども」を見て


「なんで自分は目が死んでるんだろう、なんで自分はこんなに苦しいんだろう」

ふとそう考えました


その時、

「お前直樹やろう」


しばらく聞こえないふりをしました。それは部活の先生でした


一瞬違う体裁で突き通そうと思ったのですが、聞こえているのがばれて、

親に連絡が行ってしまいました。


保健室に入って、お昼に2年半ぶりの給食を食べました


つづく