月曜日の朝、職場にて地震に遭いました。
ガッと揺れて、建物が壊れるんじゃないかと思うくらいでした。
慌てて、家に電話。
妹は登校後、お姉ちゃんは家に居ました。
ひとりで不安なお姉ちゃんに声をかけ(電話だけど)、とりあえず仕事の対応へ。
ずっと携帯をにぎって。
その間、続く余震。
お姉ちゃん妹と、小中学校から休校のメールが学校から届きました。
妹が家に戻ったことを確認し、とりあえず安心したのは、母だけでなく、お姉ちゃんも。
その後、何度も家に電話し、2人とパルが家に無事で居ることを確認しながら仕事対応。
午後に、同じ方向へ帰る職場の人と一緒に出ましたが、電車が止まっていたので
とりあえず動いていたバスで、少しでも進もうと乗車。
でも、途中の到着先でどうにも動けなくなりました。
タクシーには、座り込んで待つ長蛇の列。
困り果てていたら、たまたま家に戻ることができた同僚の家族の方が車を出して
迎えにきてくださり、何とか家まで帰りつくことができました。
近隣のお店からは水分のペットボトル、簡易食料が消え、お店が閉まっていました。
みんなが無事に家に戻ることができたことを確認し、これからどうなるのか、と心配
していたら、水道の水の出が悪くなったことに気づきました。
ヤバい!
と、慌てて家にあったお鍋やペットボトルに水を溜めました。
そうこうしている間に、家の蛇口から水が出なくなりました。
手も洗えない。
トイレも。
もちろん、お風呂もシャワーも。
顔も洗えない。
当たり前、いや当たり前なんてことも考えたことなかった水。
そして、その間も続く余震。
その晩、余震がある度に2人とパルが飛び起きて震え、それを抱えながら、でも自分も
不安で。
次の日に電車が復旧したので、仕事に行かなければいけない母。
休校の2人。
滅多に泣き言を言わないお姉ちゃんが「いかんといて。」と言いました。
とりあえず行ってくるから、なるべく早く戻るようにするから、と伝え、万が一の時にはと
人間&パルの荷物を指示。
こんな状態で勤務せなアカン自分に悲しくなり。
そんな1週間でした。
まだまだ余震が続いてます。
ただ、みんなが無事であることを大事にしながら過ごしてます。