事情により、
当ブログは本日を持ちまして「凍結」させて頂きます。


ここで出会えた色々な方、
コメントを出さった方、
ブックマークしていただいた方、
皆様、本当にありがとうございました。


ブログ自体は消去せず、
このまま残させて頂きます。


暖かく見守ってくださった方々に、
再度御礼申し上げます。



2011.8.11

香夜・月 拝


$Project Lunatic

例えば私が

閉鎖的な二人の関係上で展開するお話を書いて

最終的に二人が命を落とす結末で

そういう話を好んで書いてるなら

私はミュンヒハウゼン症候群なのかもしれない





そうではない


私が「双子」に固執する理由

それは、同じ楽しみを共有できる相手を渇望していたから


幼少期の願望がそのまま嗜好になった


私は母譲りの運動神経、美術が人よりできて

本が好きで小学校の高学年の時から
多いときは一ヶ月に10冊は読んでいた

ピアノは弾けないけど音楽もできるし

それだけの趣味を共有、というかカバーできる人っていうのは
なかなか居なかったんだよね


大人になるにつれてそうでもなくなって、
この知識が沢山の引き出しになり役に立ってるのだけど

少女の頃はこういう話が出来なくて心底つまらなかった。

だからよく双子の兄弟が居ればなあ


そう思っていたんです。



そして無意識的にだけど、弟の方は私の心
姉の方は私の理性を代弁してるんですよ


私はたぶん

自分は心が弱いと思っている

働き続けられなかったから



私が働けなくなったのは睡眠障害が悪化して
疲れてるのに寝入りは悪いは、朝5時に早朝覚醒するわ、

仕事中に何の理由もないのに
パニックになって泣きながらトイレに駆け込むわ、

一時間に一回5分しゃがみ込んで泣くか吐くかして、

それでも働いてとうとう動けなくなって

それで会社を辞めることにした


それでもこうなるのが許せない自分がまだいた


そして弟くんは身体が弱くてちょっと気弱な設定なのね。

逆にお姉さんは私の理性、頭で動く方。


前にも書いたけど、

私は「頭と心(感情)を切り離して考えるのが上手い」

これは私が一番長く通った病院の先生の言葉。



そのものズバリだと言われて気づいた。


でも理性も心も私という一人の人間のもの。

双子たちはもともとひとつの卵。


多分こういう感じで構成されてるんだよな、あのキャラクターたちは。


弟くんが先に病気になっちゃうとか
現実問題私が病気だから反映されたのかも。




『不気味で素朴な囲われた世界』が書きたかったんじゃない。



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仕事帰り~。
ピアッサー買ったお店の紹介状持って、タダで病院で穴あけしてもらいました。笑
軟骨ピアスは普通のよりちょっとジ~ンとする感じ。
普通のピアスは痛くもかゆくもないですけどね。笑

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安定したらBCRに付け替えよ。
またアメ村のピアス屋さんのお兄さんよろしく~。←自分でできない笑


毎月恒例になりつつあるロリィタ友達とのデートでした(*´ω`*)
今日は悪魔の花嫁とマリンっ娘でしたwww

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私は念願のmoi-meme-moitieのディバインクロス柄をオクで落としたので、それを着ていきました(´∀`*)
彼女はメタモさんのボカロコラボのセットアップ。
真夏のゴスロリ、しかもジャンパースカート\(^o^)/←暑w
頭ものはBabyのメリッサにBOZのコサージュをカスタム。
ロリィタとゴスの異色コラボが完成。笑

いつものお店でランチとお茶しながらお喋り。
彼女といるとずーっと喋ってられる気がする。笑
誕プレありがとうね~(´∀`人)
そして私たちの庭(←)アメ村へ。
セール終盤戦のお店は50%オフとかになってて、すごかった…笑

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ネタwww
ユリじゃないよwww

ピアスのお店でずっと拡張したはいいけど、自分で付けれなかったBCR(ピアス)を店員のお兄さんに付けてもらいましたwww
ピアッサーも買ってしまったので、またピアス熱&拡張にハマりそう。

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人は、悪いことを人のせいにしがちで、
つい自分のことを顧みないか
若しくは見えなくなってしまう時がある。

私は、ほんの最近まで、おそらく父に対してそうだった。


悪いのは全て父だと思っていた。

でも父には父の夢があり、生き方があり、
喜びや苦しみがあったんだと、
今なら思う。



だけど、母の葬儀が終わった日に父は言った。

「わしはもう、この20年ガタッと落ちてしまっているからなあ」

事も無げに、さぞ当たり前のように言った。



約20年前、父は短期間ではあるが失踪していた。

その間にいつもは明るい母が寝こみ、
私に初めて困惑の表情を見せ、泣いていた。


私は12歳で、弟は5歳で、何も解らない弟が

「おかあさんどうしたの?」
と私に聞いてきて、私はとっさに

「おかあさんおなか痛いんだって」
と、お約束の誤魔化しをしたことを今でも憶えている。


見たこともないくらいに疲れた母を見て、
ショックを受ける暇もなかった。

殆ど反射的に、弟がいるのだからと無理に笑顔を作った。
それは学校でもそうだった。


父の会社の人が家にまで来て何か訪ねていき、

母に
「夜逃げになるかも知れないから、要るものを纏めておきなさい」と、
リアルで言われたことがある。

察するに、父が会社で何かトラブルに巻き込まれたか、
揉めたかしたようだった。


しばらくして父が帰ってきて言うには
「死のうと思ったが出来なかった」と。

私たちは捨てられたんだとその時感じた。

その話を最近になって父にしたら、
そんなつもりでではない、と反発された。




父が言うその20年の間に、
母が、弟が、私が、どれだけ苦しんだか、
正直言うと、開き直ってなど欲しくはない。

でも父は父なりに大変だったんだと思うことはある。

会社をやめて責任がどうだとか、
そんな関係で裁判をして、
自己破産までした両親。

疲れてしまうのは、
私がうつになってしまった今、本当に解る。


でもまあ、正直なところ私も父は苦手なタイプの人間なので、
話をしていると胃が軋む。

出来るだけ話を聞いてあげたいという気持ちと、
私も参っているんだ
と音を上げたくなる自分がいつも相容れなくなる。


だって生活費をギャンブルに使ったり、
酒に溺れたりはしてほしくなかったもの。
暴力こそ振るわれなかったが、あの時は結構きつかった。

でも、今ではそれがないだけ落ち着いたと言えるのか。


そんな父は、要するに母に甘えていたんだよね。
あの人はあまりに母を愛しすぎ、甘えすぎていた。

早くに母親を亡くした父がそうなるのは
仕方なかったのかも知れないが。

母が入院してから、父は兎に角泣き言しか言わなくなっていた。

そんな父を母は「情けない」とぶうっとした、しょうがないなあ、
という顔で私に軽く愚痴っていた。



この先、父はちゃんと仕事に出ていけるんだろうか。

というか出ていくんだろうか。出てくれないと困るんだが。


私は一人暮らしで、父と弟は実家に暮らしている。

だが、弟と父は仲がいいとは言えない。

母がいない今、
私が弟の話を少しでも聞いてあげないといけないと思う。
今までは、母が家族の相談役で、仲介役だったのだ。

ここ数年、年齢が離れていることもあって
まともに話も出来ていないけど。


ちゃんとしなきゃ、わたしはお姉ちゃんなんだから。
そうやって自分に言い聞かせる。




・・・という日記をmixiにupしたら、

「遺族間で(私だけが)無理すること無い」

更に
「もうこれ以上頑張るな」

とか
「あんただけ背負わなくても」

と、言われた。


でも昨日父親から「会いに来て欲しい」と
母がいない寂しさを埋めるかのように頼まれたり、
弟に
「何か言いたいことがあったらお母さんの代わりに聞くから」
とメールしたが返って来なかったり、


なんかフクザツだ。

でもやっぱり父は勝手だと今でも思ってしまう。

気持ちは、解るのだが。

私にも、少し休みをくれ。