全日本選手権大会2011が終了して早3週間。 仕事量に押し流され、あっという間に時がたちました。
遅くなりましたが、結果報告をいたします。


===敬称を略させていただきます。ご容赦ください===

今年は苦しい戦いでした。

下馬評では以下3名が優勝争いをするとされていました。
1.ジュニアから実力をつけ今年大学4年で学生選手権大会で他を圧倒した羽釜選手。
2.水上スキー場を運営し、水上スキーコーチで、先日の日中韓戦で50.5mのジャンプを飛んだ山本選手。
3.社会人2年目で3種目とも圧倒的な実力を誇る、帝王濱田選手。

私はタイで滑っているダークホース。 現在の実力が良くわからん古株。




<<トリック予選>>
羽釜選手、山本選手、濱田選手が新時代のトリック技(宙返り)をいくつもこなし高得点を出す中、
私はOld Styleのトリックでしぶとく予選通過。 決勝でスコアーを伸ばす望みをつなげます。 (2860点)


<<スラローム予選>>
山本選手、濱田選手が実力通りの成績を出し、出走順を迎えた羽釜選手。
台風15号が通過した後の風が吹く悪条件の中、自己ベストの8割程度のスコアーを出してきました。
羽釜選手の次に出走する私は、彼のスコアーを1ブイだけ上回るスコアーで予選1位通過。 (5.5ブイ/14.25m/58km)


<<ジャンプ予選>>
羽釜選手、山本選手、濱田選手は圧倒的な飛距離を飛んできます。 
43m~47mの飛距離で他を圧倒。
私はタイにジャンプ台がないので、今年も全日本の公開練習で2回ジャンプ台を通過しただけ。
ジャンプは3回飛ぶことが出来るので、安全を確保しながらも予選通過ラインの40m超えの40.2mを飛び、予選6位通過。 (因みに7人通過出来ます)


====この時点で総合成績4位のポジション====
1位 羽釜選手
2位 山本選手
3位 濱田選手
4位 野沢

<<トリック決勝>>
予選の順位が低い順に出走しますので、私が2番目。
予選とはプログラムを変更して、高得点を狙い総合優勝に望みをつなげる。
往路完走、復路は最後の技で転倒するも、予選2860点から決勝3300点と得点を上げる。
一方、帝王濱田選手や他の選手が転倒し、銅メダル確定。
羽釜選手、山本選手は順当に予選より決勝の成績を伸ばしてきました。
結果、羽釜、山本選手に次ぐ、トリック銅メダルを確保。


====この時点で総合成績3位のポジション====
1位 羽釜選手
2位 山本選手
3位 野沢
4位 濱田選手

苦しい戦いです。
バケツの水に顔を浸けて、どちらが先に顔を上げるかといった状況です。
こっちも苦しいが、相手も相当苦しいはずです。 (Copy right: I関監督)
総合成績で大差で離せるはずが食らいつかれている。
いやな感じでしょう。


<<スラローム決勝>>
山本選手がファーストパスで痛恨のミス。 総合成績を3位に下げる。
濱田選手は実力に近い成績を残す物の、トリックでの転倒が影響し総合成績は4位のまま。
羽釜選手が出走し、自己ベスト記録と同等の成績をたたき出しました。 
彼の自己ベストと私の自己ベストは同じです。 (自己ベスト:2ブイ/12m/58km)

自己ベストはそんなに簡単に出るものではありません。
全ての条件が整わなければ出せないものです。
ここは苦しかった。


結果、自己ベストまで4.5ブイ足らず、スラロームは銀メダル。 (3.5ブイ/13m/58km)
但し、予選よりスコアーを大幅に伸ばしたので、総合成績を上げてこれました。



====この時点で総合成績2位のポジション====
1位 羽釜選手
2位 野沢   (羽釜⇔野沢: ジャンプで15m差)
3位 山本選手 (野沢⇔山本: ジャンプで1m差)
4位 濱田選手 (野沢⇔濱田: ジャンプで2m差)

総合成績の計算には、予選か決勝のどちらか良い成績を算入できますので、以下の計算になります。




羽釜選手はスラロームとトリック、予選のジャンプで圧倒的な成績を残したので、
私が総合優勝する望みはこの時点であり得ませんでした。
羽釜選手よりジャンプで15m余計に飛ばなければ、総合優勝はあり得ません。
世界記録ジャンプでも飛ばなければ勝てない状況でした。

一方、2位から4位は団子状態です。
山本選手と私の差は僅かで、山本選手が私の飛距離より1m多く飛べば、山本選手が2位。
濱田選手が私の飛距離より2m多く飛べば、濱田選手が2位。

これはしびれました。
山本選手は現在日本ランキング2位のジャンパーです。 50.5mの飛距離を飛んでいます。
濱田選手もジャンプは強く47m程度を飛んできます。
対する私は、ジャンプ練習が出来ない事もあり、予選の結果は40.2m。 ちなみに昨年の全日本決勝の成績は42.1mでした。


<<ジャンプ決勝>>
出走順は予選の飛距離が短い私が先です。
3本飛ぶことが出来ます。

1本目 35m、 2本目 42.5m。

総合2位を取る為にはあと1mは欲しかった。 43m以上飛べばかなりの確立で総合2位は取れる状況です。
しかし、昨年の全日本の結果から見ても、ジャンプ台通過の回数が極端に少ない状況から見ても、これがMAX数字でした。
昨年の全日本選手権ではあと45cm、あと45cmだけ飛べば総合優勝だったのに、その45cmが飛べず辛酸を舐めましたので、なんとか飛びたかった。

3本目。
非常に厳しい位置からジャンプ台を狙いすませジャンプ台に突入する。
約100m離れた位置から、幅4mのジャンプ台に時速80~90km程度で突入します。
ぎりぎりのタイミングでした。


飛びました! 2本目より明らかに飛距離が出ています。


出走ピットに戻ってくると会場が盛り上がっています。
でもヘルメットをしていて飛距離のアナウンスが良く聞こえません。
もう一度アナウンスがありました。
飛距離44.3m!


2005年に45.9mを飛んでいますので自己ベストではありませんが、ここ数年の自己ベストです。
そして総合2位に向けて予選の結果から4.1mも伸ばしてこれました。


ここで苦しくなって来たのは山本選手と濱田選手です。
総合成績の計算には、予選か決勝のどちらか良い成績を算入できますので、私が決勝で飛距離を伸ばしたので総合2位に必要な飛距離が変わってきました。




山本選手は日本記録51.5mを上回る必要があり、濱田選手は自己ベストを叩き出さないと私に勝てない状況になりました。

そんな中、濱田選手はプレッシャーからか、予選とほぼ同じ飛距離の42.3mを2本目で飛ぶものの、勝負の3本目で39.5mと飛距離伸びませんでした。
一方山本選手は、予選を上回る48.4mの飛距離で奮闘しましたが、予選結果から4.1mも飛距離を伸ばした私には勝てませんでした。


<<総合成績>>




<<種目別成績>>



結局今年も優勝する事は出来ませんでしたが、14年間の全日本選手権大会の中で記憶に残る大会となりました。
水上スキーはスポーツですが、全日本選手権大会は戦いです。
「勝ちたいやつが勝つ」のですが、今年は羽釜選手に練習量・実力で一歩及ばなかったようです。


最後になりますが、皆様から、ご協力、ご支援を頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。
仕事と体のバランスが取れる限り、今後も続けようと思いますので宜しくお願い致します。


野沢祐介 (巳年)