waterpanのブログ
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wp9: 木曽三川公園

以前、トライアスロンの大会に出場するために、木曽三川公園に行ったことがあったが、

その時は、大会に参加する事が目的であったから、周りの景色をよくはみていなかったが、

今日改めて訪れてみると、木曽三川公園付近は風光明媚なところである。


東から、木曽川、長良川、揖斐川と同じ幅くらいの川が一同に会する場所が

木曽三川公園だ。川と川の間の陸地は狭いところで、30m位だろうか。

すごく川が隣接していて、このような景色はあまり見たことがない。


木曽三川公園内には、この地区の歴史を説明している場所があるのだが、

洪水との闘いの歴史が書いてあった。なるほど、川が近いということは、

水の猛威に常にさらされているということだ。治水工事が完了する前は、

一年に50回以上も洪水が起きたそうだ。そこに住む人たちは、それに

立ち向かうため、堤防造りを試みたわけだが、なぜ、彼らはそんなところに

わざわざ住んでいたのだろうか?


想像を膨らませてみる。


この地区の地理をおさらいすると、北と西に山、南に海があり、東に平野が

広がっている。おそらくは、東には当時有力者が住んでいて、この地区に

住んでいたのは、弱者だったのではないか?弱者は都から追われ、

遠くへ遠くへと住まいを移してきた結果、たどりついたのがこの地区。

北、西、南へ行こうとも自然が壁となり、ここまでしかこれなかったのでは?

それに、この地区は、川の恵み、なまずや川魚が豊富に生息し、

山から流れてくる肥沃な土が稲作に適していたのだろう。

洪水はあるというものの、恵み豊かなとちであったのではないだろうか?

ということを想像してみた。


だから、先人はここに住みよい土地をつくろうと治水にがんばったのではないか?


そういう歴史もあり、公園の近くには治水神社がまつってあるのであろう。


KS

wp8: お贔屓神社の祭神

私がよく行く神社の神様は、


事解之男神

伊邪那美命

速玉之男神


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黄泉国で伊弉諾尊が伊弉冉尊と出会ったときに交わした言葉から生まれた神

とされる説などがあるが詳細不明。
伊奘諾尊・速玉之男命(早玉男命)・(黄)泉津事解之男命は、熊野三社権現。
「事」・「離」は関係を断つ意味があり、黄泉との関係を断つ神、離縁の神とされる。

また、祀る神社によっては、すべての邪気を払い除ける神ともしている。

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『日本書紀』 神話 に登場する唾の神。

絶命 して黄泉国へ去った伊奘冉(イザナミ)を連れ戻しにいった伊奘諾は,見ないでくれ

といわれたイザナミを見てしまい,喧嘩 して妻と別れることになったが,その別れ際

唾を吐いた。その唾を吐く神をハヤタマノオと呼び,(両神の関係 を)掃う神を

泉津事解之男と呼ぶ,とある。この説明 に通じる話には,失った釣り針を求めて海宮へ

いった山幸 が,口に含んだ首飾り の玉とともに唾を容器 の中に吐き入れると,玉は容器

から離れなくなったと語る『古事記』の海幸,山幸の神話がある。これらは,唾を吐くことが

契約 強固 にするという発想 を反映するものと考えられている。誓約 の際に唾,爪などを

相手 に渡す習俗 海外 にあることが知られているが,唾がわざわざハヤタマノオという名を

与えられているのは,日本のこの習俗が強固だったことを示すものか。


邪気を払う神ですか。

離縁の神ですか。


不思議な組み合わせですね。

そして、そこに熱心に行く、私はいったい。。


KS



wp7: 茶道 vol.1

茶道を月3回だけだがやっている。


今日は、

『膳所焼き』(ぜぜやき)

小堀遠州の七窯の一。

黒味を帯びた鉄釉が特色。

素朴でありながら繊細な意匠は遠州が掲げた「きれいさび」を反映。




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「綺麗さび」とは、ひとことにすると、誰にでもわかりやすく開放的な美を象徴する概念だそうです。

茶道具を用いて、お客様をもてなそうという

他人に対するサービス精神とバランス感覚に裏打ちされた美学とのこと。


誰にでもわかりやすい開放的な美というのは、実感がわかなかったが、繊細な作りで、

芸術ってこんなのかなぁと感じるような細かい作りをしてました。

やっぱりよくはわからなかったけれども、相手へのきづかいやもてなしの心というのは、

大事だなぁというのは、共感しました。


道元緞子(どうげんどんす)



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名物裂の一。 藍地に、白茶の緯糸で丁子花唐草と花、一筋の花と花との間に小さな蝶、

他の一筋の花の間には蜂を織り出した緞子。道元の名称は、永平寺開山道元禅師が

宋より伝えた袈裟裂が本歌といわれるが、実際には明代中期以降の製とされる。

また一説に西陣の織屋道玄に因むともいわれる。 『古今名物類聚』所載。


緯糸(よこいと)と読むらしいです。それすらわからずに、なんとなくきれいだなぁと

見てました。花と昆虫どんなことを考えながら、これを作ったのだろうか。

坊さんって視覚的な美意識ってそんなにもってなさそうなイメージだったけれども、

そういう美意識はもっていたのかも。。


なんて思ったりしました。


KS