スイレン少し遡って、南禅寺の「天授庵」の睡蓮が咲き始めの6月頭。残念ながら訪れたのが夕方で、花はほとんど閉じかけていました。朝一番に咲くということをすっかり忘れていました。。それでも白色の睡蓮と周りの水と緑の雰囲気が柔らかく、 まるで静物画のような佇まいのお庭に見惚れてしまいました。水と光と影の自然のインスタレーション。観光客が多い中、静かに過ごせる場所が多いのも京都の魅力の一つです。毎回何回行っても、全くあきることなく、いつも自分の中の風通しが良くなる場所です。
神の庭京都は嵯峨野にひっそりと佇む尼寺があります。祇王寺。ここの苔庭はとても素晴らしく、梅雨の時期の雨に濡れたお庭は水を得てより生き生きと輝く姿がそれはそれは美しく、「神の庭」とも呼ばれています。毎朝丁寧にお庭を手入れされている方達がいらっしゃいます。慣れた手つきで苔を傷つけない様に、さっさっと丁寧に上の草をはらっている姿は、まるで修行僧のようでもあります。決して大きくはないお庭ですが、緑と一体化になれるこの空間は何時間でもいたいという気になります。京都に行かれたら、遠く足を伸ばしてみてみて下さい。紅葉の時期も風情があって良いと思いますが、梅雨の時期の青々とした時期が何といってもおすすめです。水の匂い緑の匂い、その場の空気感まるごと味わい深いですよ。
沙羅双樹の花平家物語のこの一節はあまりにも有名です。祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し猛き人もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じこの中で登場する「沙羅双樹」(サラソウジュ)の花は、夏椿とも呼ばれています。白椿が夏らしく涼しげで好きです。花が開いたそのまま、ぽてっと落ちる姿が印象的です。毎朝、20~30もの花が落ちるのだそうですよ。ブッダが沙羅双樹の下に横たわり、弟子アーナンダに最後の説法をし、静かに入滅に入られたこの時、沙羅双樹が白い花を満開に咲かせたと言われています。禅寺に咲くサラの樹の下で、ブッダ最後の説法「形あるものは必ず滅すのです。自分自身と真理の教えである仏法をたよりに怠ることなく修行につとめ、生きなさい」をぼんやりと思い出しました。