就職活動が終わってから、まりに会うのは三度目でした。
一回目の時に、たかしに「みっちーとまりは、もう終わったの?」ってみんなの前で聞かれ、
「終わった」って言わされてきり、俺はSOMAというコミュニティ自体を避けてきました。
たかしにそれまで感じていた不快感と違和感は、その日を境に嫌悪感と恐怖心にかわり、
そのことで傷ついた、と甘えてみたとしても、中立以上に俺の肩を持ってくれるわけがないまりとまなみに対しては、拗ねた気持ちを持っていました。
二回目に会った時は、インターン中にお世話になった社員さんとの飲み会だったので、たかしともまりともあまり話をせず、帰り道もばらばらでした。
3人で乗っていた山手線外回りは、銀座線に乗ったまり、京浜東北線で最短経路を選んだ俺に分かれ、そして3人でのあの山手線の時間は二度と来ないし戻ってこないことを感じました。
今日の三度目は、それまでの二回とは異なり、俺が作った会ではありませんでした。
海外を遊学しているゆみとmixiで連絡を取り、会おうかという話になったものの、連絡がうまく行かず中止を連絡しました。
中止だと思いゆっくりした日曜の夜を過ごそうと思っていたら、まなみから電話があり、俺ゆみまなみとゆみの(元?)彼かんぞう君で会おうという話になりました。
そんなだったから、一応香水だけ付けて、髪も整えずに車で行きました。
中野の沖縄料理店で食事をしていた時に、まりから「ゆみ元気だった?」というメールが来ました。
まりは今日朝からパーティーだったので、最終的に中止にした、という連絡はしていませんでした。
そのため、電話で「今ゆみと一緒!」という展開に驚き、その時新宿にいたまりはゆみに会いに中野にやってきました。
それまでは「もう好きじゃいけないんだ」と自分を押し込めて会ったから、正直言ってまだまだすごく気持ちがあって、眩しく見えて、たかしに潰されたかっこうになっていました。
帰る時のまりに対する気持ちは、衝突してひしゃげたドアがわき腹に食い込んでいるような、大破するよりよほど厄介な状況になっていました。
それからしばらくの時間があって、身の回りに咲いている花の美しさを愛でれるようになった俺が、中野駅の北口にまりを迎えに行きました。
まりは美しい女性です。けれど新しいバイトの同僚やリクルートの他の内定者の美しさに触れた俺にとって、狂おしく欲しくなるほどの美貌じゃないことが、その時にようやくわかりました。
思い込みの呪縛から解けた状態で2時間近く一緒にいると、あら捜しをしているわけでは決してないのに、今までも知っていたまりの特徴のうち好きになれないものが見えてきました。
話の内容、食いつく話題、感性。胸だってちっちゃくはないけど大きくもないし、べたべた触ってくるところも冷静に考えれば俺には愛せないものでした。
なのに、それなのに、どうしてだかわからないけど、ほぼ0になっていたまりの存在が、再び頭をもたげてきています。
鼻につく部分もあるけど、まりには愛せる部分も尊敬できる部分もたくさんあります。
だけど、今日そういった部分は一切表出していませんでした。
今日で興味を失うことができないと、いつまでも引き摺ってしまうかもしれない。
欲しい!と思うわけじゃない。彼氏と旅行に行くのを友達と、と言い換えているのに気づいちゃった時も、本当にショックを受けたりしなかった。「別れて欲しい」なんて本気で思っていない。
何に傷ついているのか、どうなったら嬉しいか、そんなことさえわからない。
ひょっとしたら、まりを好きだった時の自分を追いかけているのかもしれない、と今思った。
リフォームを通じて日本を明るくしたい!と熱く語っていた俺は、その裏で、カットオーバーされることで苦労を結実させ、そうしてまりが笑ってくれたら最高だ、なんて考えてたような気がする。
そんな下心に背中を押されていた俺は、たしかに今の俺から見てもとっても眩しい活躍ぶりだった。
その時期の俺が関わっていたことに関して、自分が誰よりもバリューを出すことにこだわりがあったし、そうであることに責任さえ感じていた。
その一方で、それ以上の情熱で恋をしていた。
あの頃の、眩しかった自分にさえ手に入れられなかったのがまりで、自分の限界をはっきり示す線がまりで、そのコンプレックスを思い出させるトリガーがまりだとしたら、リクルートで働くことができるかさえ不安になってくる。
わき腹に刺さった古傷の痛みが癒えないものだとしたら、こいつと付き合って生きていくしかないんだけど、まりと会うたびに疼くのだとしたら、生きていくのだって楽じゃない。
