はじめて五稜郭を訪れたのは、GWに突入しようかという4月末のことだった。

 

平泉にはじまり、宮古、そして三陸鉄道に乗って久慈を訪れた。

地上を進んでゆく3泊4日の旅の最終目的地が箱館だった。

 

到着して真っ先に五稜郭を目指した。

そこは、桜の海のようだった。

五稜郭が桜の名所だということを、その時初めて知ったのであった。

 

海からたたきつけるように吹き付ける風に、満開の桜は吹雪のように散って行った。

 

後にも先にも、あんなに美しい桜の風景は見たことがない。

 

それは、幕末の足跡を辿る旅でもあった。

 

桜の五稜郭に浸るように過ごした日の翌日、五稜郭近くの宿から真っすぐ一本木関門を目指して歩いてみた。

 

その途中に、松の木と花に守られるようにして建つ石碑を見つけた。

 

「中島三郎助父子終焉の地」とあった。

 

その時まで、その存在を知らなかった。

 

中島三郎助。彼は幕末の最初と最後に立ち会ったラストサムライであった。