沖縄本土復帰50年

ドキュメンタリードラマ

 

ふたりのウルトラマン

 

5月2日

NHK BSプレミアムで放送

 

ビデオに撮ってあったのを、

最近見ました。

 

息子が予約してくれたドラマ

 

 

 

  写真 お借りしました

 

沖縄復帰と

ウルトラマンが

つながりませんでしたが、

 

ウルトラマンの脚本家 

金城哲也さんが

沖縄出身と言うことです。

 

円谷プロダクションの

 

円谷英二さんの息子の、

 

円谷一さんと金城さんと、

大勢の仲間が、

 

あふれる才能をぶつけあって、

 

制作していたのでした!

 

怪獣は子供だましではないと、

 

同じ目的に向かう仲間

 

子供達が、

夢を持って楽しめるものにしたいと。

 

奮闘しているのです。

 

30代の若いエネルギーを、

 

燃やせる現場に感動しました。

 

 

息子は、

3歳の頃から

ウルトラマンが大好きでした。

 

怪獣は

カネゴンが大好きで❣

 

夕方、放送を楽しみにしていたのです。

 

 

胸につけてる マークは流星

 

自慢のジェットで 敵をうつ

 

ひかりの国から ぼくらのために

 

来たぞ 我等のウルトラマン

 

 

毎回 聞いていたこの歌、

今でも歌えます❣

 

50年過ぎても❣❣

 

金城さんは、

怪獣の気持ちになって書く

 

【 怪獣だって泣くんだよ。

 

愛する者が死んだら、

家族は泣くんだよ。

 

怪獣を殺したくない!】

 

飲みながらの、

「円谷一さんと、金城さんの会話です」

 

金城さんが沖縄に帰り、

 

「沖縄国際海洋博覧会」の

プロデュースに関わった時、

 

博覧会を反対する人も多く、

大変だったのだそうです・・・

 

ドキュメンタリードラマを描いたのは、

 

沖縄出身の

同じ職場の上原正三さん。

 

金城さんは

「心労もあり 

若くして亡くなった事を知った」とき、

 

息子は、その報を聞いて、

悲しい思いをしたそうです。

 

熱い思いを

 

ウルトラマンから

受け取っていたことを、

 

今更知りました。

 

私にも、思い出の1頁です。

 

 

 

写真は、我が家のウルトラマン

 

息子のもとに来たのは、

25年くらい前

 

職場のイベントで使ったウルトラマン。

 

いらなくなったと聞いて、

もらってきたそうです。

 

東京にいた時、

担いで電車にのってきた

ウルトラマンです。

 

息子の友達

ウルトラマン❣❣