家族ってなんだろう? 家族なのにどうして? 人が生きていく上で必ず一度は思ったことがあるのではないだろうか?
昌の告白
その夜、昌は夜九時に帰宅した。少し遅めではあるが、私たちは毎日夕食は一緒にとるのが日課になっている。いつもよりも疲労感を漂わせ、昌は私の頬にただいまのキスをし、シャワーへと向かった。
『今日もお疲れさまでした。さっ、ごはんにしよう。』
バスルームから濡れた髪をタオルで吹きながら出て来た昌に私は言った。アルコールの苦手な昌のグラスに、私はダイエットコークを注いだ。シュワシュワパチパチと弾ける泡が、なんだかとてもはかないシャボン玉のようで少し悲しかった。昌はそれを喉を鳴らしながらゴクリゴクリと飲んだ。
『今日は少し涼しかったから、季節外れだけどお鍋にしちゃった。あなたの好きな鶏ダンゴの中華風のお鍋。おいしそうにできたでしょ。』
『ああ、うれしいな。まだ涼しいのに、オフィスはもう冷房がきついんだよ。地球が温暖化で大変だって言っているのに、アメリカじゃあ、エコも何もあったもんじゃない。でも、悲しいかな、こういうエゴイズムが世界の経済を動かしているとも言えるんだけどな。皮肉なもんだよ。』
昌は大好きな鶏ダンゴを頬張りながら、淋しそうに言った。
『そうだ、今日お義母さんから手紙が届いてたわよ。そこのコーヒーテーブルの上においてある。珍しいね。』
『あ、ああ。時間がある時に見ておくよ。どうせ大した用でもないだろうから。』
久しぶりの母親からの手紙に、昌の顔に喜びの色は一切なかった。
『それより、ねえ、今日大丈夫だった?仕事。あんまり眠れてなかったみたいだったけど。今日一日中心配だったの。それでなくても昌の仕事は神経使うんだから。』
『うん、なんとかね。今日は早めに休むよ。明日もクライアントとの打ち合わせが3件も入ってるしね。確定申告の時期が終わっても、ゆっくりしてる時間はないもんな。独立記念日の休みには、さくらの行きたいところに行こう。どこがいい?ちょっと待って。ひとつ条件。ディズニーランドは勘弁してくれよ。』
昌は優しい笑顔で私に言った。
『本当?好きな所、どこでもいいの?』
『いいよ。どこにいきたい?』
『そうね、、、。じゃあ、日本のおばあちゃんに会いにいきたいわ。そうよ、日本に行きましょっ!!温泉に行って、おいしいもの食べて。そうそう、私日本の葡萄が食べたい。桃もスイカもメロンも。だってこっちじゃ食べられないじゃない?』
『いいねいいね。さくらのおばあちゃんのことを温泉に連れて行こう。一緒においしいもの食べて、久しぶりにゆっくりしようか。』
『そうと決まれば、私が色々手配しておくね。明日から忙しくなりそう。』
『おう、よろしく。』
『昌、昨日の事だけど。恐い夢見た?なんか気になっちゃってさ。』
私は恐る恐る、まるでイヴが禁断の果実を食べてしまったかのように尋ねた。
『う、うん。まあね。仕事も忙しいし、自分で思ってる以上に疲れ溜まってるのかな?仕事が好きって言っても、知らず知らずのうちにストレスって溜まるらしいもんね。』
昌は少しはぐらかすように答えた。それがまた、私を不安にさせたのだ。
『そっか、じゃあ今度恐い夢の内容覚えてたら教えて。恐い夢って、見てるときも目が覚めたときもすごく恐いのに何で忘れちゃうんだろうね。よく覚えてないけど、とんでもなく衝撃的な内容だったりするじゃない?不思議だよね。私、ひとつだけ恐い夢覚えてるの。小さい頃何回も見た夢なんだけど。昔、西部警察っていうドラマがあったの知ってる?私が見てたのは再放送だったんだけどね。渡哲也さんが大門刑事役で出てたの。でね、大門刑事はライフルで悪い人をやっつけるの。他の刑事はガンなんだけど。大門刑事は、ほら、パイロットがしてる様なサングラスあるじゃない?パンダみたいな。あれをかけてたの。』
私のどうでも良い話を、昌は優しい微笑みで聞いていた。
『それでねそれでね、夢の中で何故か私がその大門さんに狙われるの。悪いことしてないのに。でも、ライフルで撃つのかと思いきや、ライフルは手で持って走って追いかけてくるんだよね。ライフルの意味ないじゃんね?我ながらスットコドッコイな夢だよね。』
そんなおしゃべりをしながら、私たちは季節外れの鍋をぺろりと平らげた。
『今日もお疲れさまでした。さっ、ごはんにしよう。』
バスルームから濡れた髪をタオルで吹きながら出て来た昌に私は言った。アルコールの苦手な昌のグラスに、私はダイエットコークを注いだ。シュワシュワパチパチと弾ける泡が、なんだかとてもはかないシャボン玉のようで少し悲しかった。昌はそれを喉を鳴らしながらゴクリゴクリと飲んだ。
『今日は少し涼しかったから、季節外れだけどお鍋にしちゃった。あなたの好きな鶏ダンゴの中華風のお鍋。おいしそうにできたでしょ。』
『ああ、うれしいな。まだ涼しいのに、オフィスはもう冷房がきついんだよ。地球が温暖化で大変だって言っているのに、アメリカじゃあ、エコも何もあったもんじゃない。でも、悲しいかな、こういうエゴイズムが世界の経済を動かしているとも言えるんだけどな。皮肉なもんだよ。』
昌は大好きな鶏ダンゴを頬張りながら、淋しそうに言った。
『そうだ、今日お義母さんから手紙が届いてたわよ。そこのコーヒーテーブルの上においてある。珍しいね。』
『あ、ああ。時間がある時に見ておくよ。どうせ大した用でもないだろうから。』
久しぶりの母親からの手紙に、昌の顔に喜びの色は一切なかった。
『それより、ねえ、今日大丈夫だった?仕事。あんまり眠れてなかったみたいだったけど。今日一日中心配だったの。それでなくても昌の仕事は神経使うんだから。』
『うん、なんとかね。今日は早めに休むよ。明日もクライアントとの打ち合わせが3件も入ってるしね。確定申告の時期が終わっても、ゆっくりしてる時間はないもんな。独立記念日の休みには、さくらの行きたいところに行こう。どこがいい?ちょっと待って。ひとつ条件。ディズニーランドは勘弁してくれよ。』
昌は優しい笑顔で私に言った。
『本当?好きな所、どこでもいいの?』
『いいよ。どこにいきたい?』
『そうね、、、。じゃあ、日本のおばあちゃんに会いにいきたいわ。そうよ、日本に行きましょっ!!温泉に行って、おいしいもの食べて。そうそう、私日本の葡萄が食べたい。桃もスイカもメロンも。だってこっちじゃ食べられないじゃない?』
『いいねいいね。さくらのおばあちゃんのことを温泉に連れて行こう。一緒においしいもの食べて、久しぶりにゆっくりしようか。』
『そうと決まれば、私が色々手配しておくね。明日から忙しくなりそう。』
『おう、よろしく。』
『昌、昨日の事だけど。恐い夢見た?なんか気になっちゃってさ。』
私は恐る恐る、まるでイヴが禁断の果実を食べてしまったかのように尋ねた。
『う、うん。まあね。仕事も忙しいし、自分で思ってる以上に疲れ溜まってるのかな?仕事が好きって言っても、知らず知らずのうちにストレスって溜まるらしいもんね。』
昌は少しはぐらかすように答えた。それがまた、私を不安にさせたのだ。
『そっか、じゃあ今度恐い夢の内容覚えてたら教えて。恐い夢って、見てるときも目が覚めたときもすごく恐いのに何で忘れちゃうんだろうね。よく覚えてないけど、とんでもなく衝撃的な内容だったりするじゃない?不思議だよね。私、ひとつだけ恐い夢覚えてるの。小さい頃何回も見た夢なんだけど。昔、西部警察っていうドラマがあったの知ってる?私が見てたのは再放送だったんだけどね。渡哲也さんが大門刑事役で出てたの。でね、大門刑事はライフルで悪い人をやっつけるの。他の刑事はガンなんだけど。大門刑事は、ほら、パイロットがしてる様なサングラスあるじゃない?パンダみたいな。あれをかけてたの。』
私のどうでも良い話を、昌は優しい微笑みで聞いていた。
『それでねそれでね、夢の中で何故か私がその大門さんに狙われるの。悪いことしてないのに。でも、ライフルで撃つのかと思いきや、ライフルは手で持って走って追いかけてくるんだよね。ライフルの意味ないじゃんね?我ながらスットコドッコイな夢だよね。』
そんなおしゃべりをしながら、私たちは季節外れの鍋をぺろりと平らげた。
昌の告白
『ねえあなた、ちょっと、大丈夫?』
『恐い夢でも見てた?すごくうなされてるからびっくりしたわ。今、お水を持ってくるわね。待ってて。』
私はそう言って。急いでキッチンへ向かい冷たい水をコップへと注いだ。私が水を持って寝室へ戻ると、昌は青白い顔でぐったりとしてうつむいていた。「ただの悪夢ではないな。」私はその時確信した。
『はい、これお水。ちょっとはすっきりするわよ、飲んで。』そう言って渡したコップを受け取る昌の手は、私の勘違いだろうか、少し震えてたように見えたのだった。昌のこんなに動揺する姿を見るのは初めてで、私は正直面食らっていた。何か私の知らない大きなものが、そこに横たわっているのが見えた気がしたのだ。
昌はそれから、一睡もできずに仕事に向かった。私は朝食の後片付けをしている間も、部屋の掃除をしている間も、昨晩の昌の言葉を思い返していた。そう、あの時確かに『父さん』という言葉を聞いたのだ。その意味を、私はまだ知らずにいた。そのまま知らずにいられたら、今の私はもっと幸せだったのだろうか。いや幸せどころか、きっと昌とは真の『夫婦』にはなれていなかったかもしれない。
『恐い夢でも見てた?すごくうなされてるからびっくりしたわ。今、お水を持ってくるわね。待ってて。』
私はそう言って。急いでキッチンへ向かい冷たい水をコップへと注いだ。私が水を持って寝室へ戻ると、昌は青白い顔でぐったりとしてうつむいていた。「ただの悪夢ではないな。」私はその時確信した。
『はい、これお水。ちょっとはすっきりするわよ、飲んで。』そう言って渡したコップを受け取る昌の手は、私の勘違いだろうか、少し震えてたように見えたのだった。昌のこんなに動揺する姿を見るのは初めてで、私は正直面食らっていた。何か私の知らない大きなものが、そこに横たわっているのが見えた気がしたのだ。
昌はそれから、一睡もできずに仕事に向かった。私は朝食の後片付けをしている間も、部屋の掃除をしている間も、昨晩の昌の言葉を思い返していた。そう、あの時確かに『父さん』という言葉を聞いたのだ。その意味を、私はまだ知らずにいた。そのまま知らずにいられたら、今の私はもっと幸せだったのだろうか。いや幸せどころか、きっと昌とは真の『夫婦』にはなれていなかったかもしれない。
真夜中の悲痛な叫び。
『ごめんなさい!ゆるして。』
『お願い、父さん、やめてーっ!!ぎゃーーっ!!』
外はまだ暗く、5月半ばというのに冷える静かなその夜は、霧がたちこめていた。
ぐっすりと眠りに落ちていた私を、隣で休んでいる夫の悲鳴が叩き起こしたのだった。その悲痛な叫び声は、今でも耳の奥に確かに残っている。
夫の中山昌とは旅行先のニューヨークで出会い、その半年後には私の左手の薬指にはティファニーのダイヤモンドが光っていた。昌はニューヨークで働く会計士で、私よりも15歳年上だった。大学を卒業したての私には、ウォールストリートでバリバリ働く昌がとても輝いて見えたし、大人の男性にも見えたのだ。実際彼は紳士だった。青春時代をアメリカで過ごしていたこともあり、レディーファーストは当たり前。私が日本では出会ったことのない男性であったことは言うまでもない。しかし、その頃の私はまだ知らなかったのだ。昌の抱える苦しみ、私が味わうことになる苦しみを。
『お願い、父さん、やめてーっ!!ぎゃーーっ!!』
外はまだ暗く、5月半ばというのに冷える静かなその夜は、霧がたちこめていた。
ぐっすりと眠りに落ちていた私を、隣で休んでいる夫の悲鳴が叩き起こしたのだった。その悲痛な叫び声は、今でも耳の奥に確かに残っている。
夫の中山昌とは旅行先のニューヨークで出会い、その半年後には私の左手の薬指にはティファニーのダイヤモンドが光っていた。昌はニューヨークで働く会計士で、私よりも15歳年上だった。大学を卒業したての私には、ウォールストリートでバリバリ働く昌がとても輝いて見えたし、大人の男性にも見えたのだ。実際彼は紳士だった。青春時代をアメリカで過ごしていたこともあり、レディーファーストは当たり前。私が日本では出会ったことのない男性であったことは言うまでもない。しかし、その頃の私はまだ知らなかったのだ。昌の抱える苦しみ、私が味わうことになる苦しみを。
