母のこと②


その後の生活のサポートとかもほぼなくて、

実家住まいをさせてることが、ものすごいサポートのようだった。


そんな中で、普通に結婚、出産、就職をゴリ押ししてきた。

私も、そーゆーもんなのかなと思って、

普通に結婚して、普通に出産したけど、

結局普通にいられるはずもなく、


誰かの手助けが必要な時も、必要最低限の赤ちゃんの世話だけしてくれたけど、プレドニン飲みながら赤ちゃん産むって結構壮絶だし、その後の分量、調整あわなくて、(そんなの医師だって私だってわからなかったけど、今思えばバカみたいな増量が必要だったんだって、今思えばわかる。でも、ほんと今思えばだよ)

15年くらい苦しむことになるんだけど、

今も立ってられないんだけど、そんなのも、お構いなし。生活費のサポート、治療費のサポート、育児費のサポート、一切なし。


私がどんな治療をして、どれだけ治療費を払っていて、どんなふうに生活に支障があるのかなんて、全く気にされなかった。


入院費も払ってもらったことも、お見舞金も貰ったこともない。

発病から、26年くらい経ったけど、

ずっと変わらない。


なぜ、こんなに手助けしてくれない人に期待してたのか、悲しくなるし、情けない。


子供なんか産むんじゃなかったって思っちゃう時もあるけど、そこは産んだ子供に対して、失礼すぎるので、頑張って子育てしてる。


子供もヤングケアラーで、かわいそうな気もするけど、可哀想かどうかは自分で決めるから、そこは、ママは気にしないで、面倒だから

って、しっかりした子に育ってくれてる。


そんなわけで、

母はいまだに、自分の用事で子供は動けると思ってるけど、私は日に半分は寝ていなと動けないし、

何度説明しても分かってもらえないけど、さすがに26年って諦める年数がたったよね。

悲しいけど。


急に何かで気持ち悪くてお腹痛くなって筋も痛くなってとにかく動けなくなってると

なんなの?どうしてなの?どこが痛いの?言っててごらんなさい、って言ってくる。


私、こんな人と一緒に生きてたなんて、すごくね?と急に思ったので、メモ的ブログ。


子供産んでも、入退院したいし、今はさ、頑張って家にいるけど、プレドニンの量の調整も大変だし、今は注射してるし、なによりなんだか旦那さまに申し訳ないし、脱毛もムーンフェイスもひどくて、

筋肉の入り方も変で、起きていられないし、

皮膚もぐちゃぐちゃだし、


でも、子供が元気で良かった。


さて、これから、母に対しての不信感が今更拭えるとも思えないから、

グッと堪えて、できることをできるだけして、楽しむしかない。

という、ブログ。

(了)