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サッカーバカ蔵の欧州サッカーブログ!

欧州サッカーの情報ブログですん

サッカー、韓国戦


凄かったぁー!!


夜中なのに、大声あげちゃった、


宿命の対決


男の戦い


超カッコ良かった


延長戦のPKは前半のとお互い様って事で、平等!


やっぱり大活躍は…

川島


カッコ良すぎだよ


ニクいねぇ~


最後の最後でカッコつけて


日本のオリバー・カーンって感じ


ほんと、カッコ…


何度も言い過ぎ…


やっぱりカッコ良すぎ
サッカー王国ブラジルが生んだ、稀代の天才ストライカー!
「史上最速」とも言われた圧倒的なスピードと、類稀なる得点感覚、戦慄を呼ぶ突破力&パワー、高次元のテクニックを武器に、90年代中期~00年代前期にかけて「世界最高のストライカー」として君臨。オランダの英雄マルコ・ファン・バステンらと共に、「史上最高のストライカー」のひとりとして数えられる。

ロナウドのキャリアは、膝の怪我を境に、大きく前期・後期に分けられる。
全盛期と言われることも多い前期には、あまりに速いスピードを持つにも関わらず、全くバランスを崩さず、またボールコントロールも乱れない高次元のテクニックを駆使し、左右両足でいとも簡単にゴールを量産してしまうことから、人間には理解の及ばない“Phenomenon(=超常現象)”と呼ばれた。
バルセロナ時代、ハーフウェイラインから相手DFを引きずりつつドリブル突破し決めたゴールは、未だにサッカーファンの間で語り継がれる伝説のプレー!ドリブル突破力とパワー、スピード、テクニック、得点感覚など、当時のロナウドの全てが凝縮された、度肝を抜く驚愕のプレーであった。当時のバルセロナ監督は、記者に「戦術が無い」と批判をされていたが、「ロナウドこそが、私の戦術だ!」と語り、名言(迷言?)を残している。
その後、念願叶い、イタリアの名門インテルへと移籍。インテルでも、圧倒的なパフォーマンスを見せる。

しかし、「ロナウドの為の大会」と言われた98年W杯決勝で、ロナウドは原因不明の発作に襲われ、その実力を発揮することなく、“新将軍”ジダン率いるフランスに敗れ去る。
また、大会後には更なる悲劇が…。インテルでの試合中に膝に大怪我を負い、選手生命を絶たれる瀬戸際に立たされる。誰もが、「ロナウドは終わった」と思った。
(ちなみに、ロナウドが負った膝十字靭帯断裂の怪我は、バレーボールやバスケットボールなどの膝を酷使するスポーツ選手に起こることが多く、接触などが無い限りサッカー選手に起こることは稀である(らしい)。当時は、ロナウドのスプリント力に肉体が付いていかず、怪我をしたのでは無いかとも言われた…恐るべし。)

しかし、長年の治療とリハビリの末、“怪物”はピッチに戻ってくる(後期)。
復帰後、初めてとも言える大会は、4年前に苦汁を味わったW杯の舞台。ここで、ロナウドは奇跡的な復活を果たす!
全盛期のようなスピードや運動量は見られないものの、類稀な得点感覚とテクニック、センスを武器に、見事に得点を量産。リヴァウド、ロナウヂーニョと共に“3R”の一角として、セレソンを牽引。4年前、悲劇の始まりともなったW杯決勝へ再び進出する。決戦の相手は、当時「世界最高のゴールキーパー」と言われたオリバー・カーン擁する、鉄壁の守備を誇る強国ドイツ。ロナウドはかつての悪夢を払拭する2得点をあげ、セレソンの5度目の優勝に貢献。大会8得点をあげ、得点王になる。
その後、クラブレベルではスペインの名門レアル・マドリーに移籍。ラウルやジダン、フィーゴ、ロベルト・カルロスなど名だたるスタープレーヤーと共に、エル・ブランコの黄金時代を築く。

06年W杯には、自身4度目となるセレソン入りを果たし、大会で3得点をあげる。これによって、W杯通算得点が15得点となり、ドイツの名ストライカー“爆撃機”ゲルト・ミュラーが持っていた、大会通算得点記録(14得点)を塗り替え、通算得点記録保持者となり、また一つサッカー界にその名を刻み込んだ。

その後、レアル・マドリーの崩壊や、ACミランでの不振、自身の度重なる怪我などから、祖国ブラジルへと凱旋。
今年、長年甲状腺に問題を抱えていたことを明かし、その栄光のキャリアに幕を降ろした。


「ロナウドが正真正銘の怪物だったのは、98年までだ」と言われることも多い。
確かに、スピードや運動量は落ちたが、ここぞという時の爆発力は、むしろ怪我後の方が上がったかもしれない。
それを象徴するプレーのひとつが、02年W杯での準決勝トルコ戦。トルコの堅守とカウンターに苦しめられていたセレソンを救ったのが、ロナウドの一発。
ペナルティエリアのすぐ外、左サイドでボールを受けたロナウドは、ひとりをドリブルで難なくかわし、そのままペナルティエリア内へ侵入。3人に取り囲まれながらも、一瞬の閃きでトゥキックシュートを放つ。それまで再三のファインセーブを見せていたトルコの守護神リュシュトゥ(大会時にはカーンと並ぶ評価もされていた)のタイミングを完璧にズラし、ゴールとなる。
かつてのような衝撃は無かったかもしれないが、ストライカーとしての本能、センス、衰えること無いテクニック、そして凄みを見せつけ、「ロナウド復活」を印象付けた、スーパーゴールです!

↓ ロナウドに関して、こんな名言も。
○「私が対戦した中で、ロナウドとマラドーナは間違いなく別格の存在だった」
○「ロナウドは相手にとって、戦慄を与える悪夢だ」
○「ペレがロナウド以上のプレーをしていたなんて…到底信じられないよ」
○「子供達は、ロナウヂーニョの真似をする。しかし、ロナウドの真似は、したくてもできない」
○「私たちの世代のNo,1プレーヤーは、間違いなくロナウドだ」
○「大抵の選手はファールで止められる。が、ロナウドにはファールさえできない」
○「(自分が首を怪我したのは)ロナウドのせいだ!彼の動きが早すぎるんだ!」
○「怪我前は、人間の域を越えた怪物。復帰後は、人間レベルでの怪物。どちらにしろ、彼は最高だ」

まさに天才!彼のような偉大なストライカーが再び現れることはあるのだろうか…。
遠くから、ゴール外に蹴って、曲がって、入った。

ロベカル!今はどこに!?
このころのブラジルはオモロカッタです。

教訓!
「やってみるモンや。」
(^-^)