心理カウンセラーという職業があるのか

その人の周囲のブログを見てみるとなんか違和感

達せれば

周囲にそこまでの愛めいたもの 情をあげられるのだろうか

綺麗事に感じるんだけども そこに辿り着きたい自分もいるんだろうか

分からない


単純にカウンセリングってプラス思考の押し付けなのかもしれない

マイナスに感じている事は

自分の思考でなりたっているから

プラスに思えばプラスになるってことなんだろう

そんな事も分かるけども


泣いていいよ

自分を認めていいよとか

肯定論 これは単純に寄り添っている体かな?


そう言われない人が多いだよ

だからそんな一言に心が揺さぶられるんだ


心が弱いとか

打たれ強くなくってもいい


自分に起こるすべてのことを

肯定しよう

どんなに不条理だって

世間と違うとか世間体とかそんなものでも

受け入れよう

傷ついてもいい


裏切らない
書いてる現在 仕事もしてない 実家住まいで 穀潰し

完璧な甘えとも思えない むしろどうでもいいと思っている

そこから考えよう


結局、人間が作り出したお金に支配される

お金があったら幸せ

お金があったら何でもできる

そう思うでしょ・・・?


お金ありきで一生が成り立つ事が大半なのか・・・

大事なんだろうね


本来 人は生きているだけで 幸せと思えるはず

でもお金が社会を動かし 生活の基盤となってる事実

お金の為に 殺し 盗み 騙し 憎み合う

人間が勝手に作ったお金が ある一定の人を狂わせる

人間という変な社会で生きるには お金が必要という 事実か

そこから溢れでたものは 自然淘汰されればいいのではないか



人間がつくった価値観で現代人は縛られる

ぼくはどうでもいいと思いつつ

そんな地獄みたいな社会に 抗って 生きなければいけない


望むものも 本当になりたいものも 描く未来図もないもない

そして強く生きたいと思っているのかさえ 怪しい


関わってくれた人 ありがとう


ぼくの歩く意味はなんだろう
暗い雲の下 光が届きにくい 木々に紛れ込んで

何も無い自分に出会う

遮れず落ちる雨粒に 殴られ 泣き出した

ここ生きている

もういいや


浮き足立つ声に なにも思えず

ただ自分に入り込む

もうこれでいいや


いようが いまいが どっちでもいい

暗いと分かる 光でいい

ある ない どっちでもいい

誰かが 笑ってくれるなんて ないのだから


これがいいや