グリーフと歩く

グリーフと歩く

乳飲み子抱えて未亡人になってもう10年
忘れない忘れられない、悲しみと共に、生きる

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順序よく何から書けばよいのか

わからなくて止まっていました。

 

・・・

お葬式や初七日や四十九日や、私の気持ちの追いつかないまま

時は過ぎました。

夫の両親や兄弟や友人が線香をあげてくれるたびに

ありがたい気持ちがありつつも

悲しさと辛さを感じて

早く帰ってほしいと思う・・・複雑な時間もたくさんありました。

夫の友人の中でも、十代のころから私も友人になった人がいて、

二度だけ頼ったことがあります。

 

その一回目が、「叫ばせてほしい」でした。

 

子どもたちを実母に任せて

友人に車で迎えに来てもらい、海へいきました。

私が海岸まで歩くのを黙ってついてきてくれました。

 

私は一年ほど引きこもりになっていたので

子どもたちもいるし

しくしくと泣くことはできても

叫ぶことはしていませんでした。

せいぜい枕に顔を押し付けて泣くだけ。

 

海岸について、しょっぱい風を浴びながら

息をすって思い切り叫びました。

あー とか わー とか

とにかく声の限りに。

 

友人は少し離れてじっと待ってくれました。

 

私はうずくまって、泣きました。

その時、本当に一人なんだな、と実感しました。

一人だ、と悲しくなりました。

 

友人は気のすむまで待ってくれました。

泣くのも落ち着いて、家へ帰りました。

 

 

 

友人は私の誕生日に一度だけ、夫の代わりに「おめでとう」とメッセージしてくれました。

息子にもおもちゃを買ってくれました。

 

夫のことをずっと友人として思い出を持っていてくれる仲間の一人です。

でも

私のその友人とは今は連絡もとっていません。

何年も会っていません。

その話はまた