記念すべき初稿ということで、記憶に新しい大江、中須賀戦について語らせていただく。この一戦が喧嘩と言えるのかはここではいったん置いておく。

 まず初めに、本件の喧嘩に関して大江の立場を過度に擁護する意図がないことを、あらかじめ明確にしておく。世論では、タイヤのついていない大江に対して、タイヤをつけた中須賀が奇襲を仕掛けたことに対して、非難轟々であるがちょっと待て、それはおかしいだろと。中須賀側は裸の状態で自治会館から走っており、それを受けて喧嘩を受けないと決めたのは大江自身である。また、スマホが普及したこの時代にそれを知らなかったも通らないかなというのも同時に...というのが建前。そもそもこの戦法は平成17年に大江自身が西町に対して行っており、時代が変わったと言えど、この戦法への被害者面は大江にだけは許されないだろと言うのが本音かな。それが中須賀がやっていい理由にはならないけどね。

 なんにせよ明確な戦力差がある状態から始まったこの一戦、ここからが問題である。中須賀賀はの理想はそのまま鳴り物を割ってしまうことだっただろう。結論から言えば鎧の付いていない大江の鳴り物が割れないのだがこの原因は何なのだろうか?タイヤの有無による高さの差が悪さをしたのだろうか?動画を見るに助走が短いようにも見える。これによる純粋なパワー不足だろうか?棒端についている人の数が少ないようにも見える。ここら辺は経験やかきふの質によるところだろうか。太鼓(台)の喧嘩は太鼓(鳴り物)を割る、太鼓の喧嘩は突き合いという常識で育った身としてはせめて割って終わり、にしてほしかったよね。

 さていくらやっても太鼓が割れない。となれば次はかき棒を折りにいくのだが1本目に時間がかかった。個人的には特段気にならなかったのだが、この点について叩く人間が一定数いるがただ叩きたいだけなのであろう。3本折って4本目もいくんだろうなと思った矢先中須賀の指揮者から「横向けて付いたろか?謝ったら帰ったる」との発言。これはよろしくない。この有利な状況から謝罪を求めるのに脅しが必要にも感じないがそのうえ脅しの内容が断念した鳴り物を割るというのが情けなさを通り越して女々しさすら感じる。そんな残念な終わり方でしたね。退場時の拍手の差はそんなとこの差なんだろうけど西方も入場済みなら違ったかなとも思ったり。

 昔からしてる形だが中須賀の喧嘩姿。重の四隅に重旗を縦に立てかけたのは綺麗に感じる。跳ね尾の締めとのバランスがいいからかな?大江は突っ込まれたときに幕が痛んでないといいな。我慢しっきた喧嘩で幕を痛めるなんてのはもったいない。

 余談だが、筆者の周りには始まった時点で大江についていたにも関わらず大江の法被を脱ぎすてて中須賀についた人間や、東方の太鼓についていながら中須賀のロープを引きに行ったと嬉々として話した人間がいた。各太鼓、かきふ同士の空気感がよくわからず個人的には信じられないのだがよくある話なのだろうか?正直気持ちのいい話ではないので、ここで少々お漏らしさせていただくと同時に勝ち馬に乗りたい人間の汚さを感じた一件でした。