早速だが、今年を振り返ってしまう。
まいどー、頭ますます回転不足ゆえに、おそらく長文になろうかと
まず、新春から東京駅で迷子になった。
詳細は以下の通り。
東京に向かう日は、最寄り駅から込み出してくるまで車内で
ビールをこっそり満喫する。
上野東京ライン、二人掛け合い向かいの席、トイレ付きの
車両をそのためにわざわざ選ぶ。てか、田舎からだから空いてる
同じ職場の人が汗水垂らして労働している同時刻に、羽を伸ばして呑むビールは格別だわ
東京駅に着き、念のため早速レッツ・トイレット
都内の駅はどこも行列だが、東京駅は別格。
だが、去年の階段通り越してホームまで続く花見シーズンの東横線目黒駅トイレにはビビったカッペは私です。
って、駅だと思うからなんだと。
ドームやスタジアムも激コミだったわね
で、ようやく用を済ませ、辺りをキョロキョロしてみる。
ま・マズはぐれた?
まさか、おツレにトイレの前で待っててもらえない発想はなく、
スマホでとぅるるる『もう駅の外だから~〇〇口で待ってるよ~』
ムリなんですけど
駅員さんらしき人に目的地と出口を聞こうとするが、呑んでいるのでトイレが近い。
たとえ聞いても途中トイレを探すからわからない。
階段を上るとか上らないとかで、違う駅員さんらしき人に聞くが、またトイレを探すから、またわからなくなる。
標識通り歩いても駅から出られず、出たと思ったら目的地に辿り着けず負のループ
疲れと眠さMAXにて、気付けば東京駅に戻り、駅内のどっかの店の前の椅子で眠りこけ
駅員さん(だった気がする)『だいじょうぶですかぁ?』
だめです
スマホがとぅるるる『ξわさびξちゃん、今どこ?待ってるからね。わからなかったら誰かに聞いてね』
だぁっからとっくに何度も聞いとるべな
酔っ払ってるのに意地を張り、迎えに来いと言えず、同じ内容の留守電内容を振り切り、歩き回り疲れで、結局ひとりプンスカ
さっさと帰りの電車に乗り込みましたとさ。あーあ短気の極み
予約してたベトナムフレンチはどうしたのかしら・・・
天皇陛下、雅子さまのパレード結局ひとりで行かれたのかしら・・・
今でも聞けないし、二人の間では暗黙の禁句だ
そして、1月末か2月、志那の大変な状況を『テレビではなく』YouTubeであちこち拝見して、明日は我が身~食料、日用品等をひたすら備蓄しながら恐れてました。
春には春で、そんなコロ助蚊、昭恵のように花見にも出掛けられず、皆々様もさぞかし寂しかったことでしょうなぁ。
はい。わたくしは寂しいと言うよりもう恐怖でしかなく、、、、、
仕事が物流業なので自粛期間中は逆に大繁忙期。
精神的にか肉体的にか、煙草を吸うと何故だかヤバい感覚に陥り、いつしか本数がかなり減っていたのです。
そして、エイプリルフールも遅い帰宅からの夕食(ほぼ夜食)後、かなりの動悸からの痙攣で、人生2回目の貧乏いやピーポー
たぶん、コロ助に感染したらどうしようという不安がMAXだったのだと思います。
【思えば1回目のピーポーは嘔吐するほどのめまい、1週間検査三昧の入院後、原因不明~退院するも原因不明~結局ストレスだったようでした。】
なので、2回目の今回も、ストレスかも知れないとの医師の見解、後日検査通院の約束の後、何の処置もなく返されました。
ピーポーに乗って片道病院まで&診察のみだと預り金?一万だそうです。
付き添った娘“デカわさび”(既にプチではなく、ξわさびξをもすっ飛ばした)はめちゃくちゃ不安だっただろうが、ピーポーの中では冷静に病名らしきを検索していたと言う、とても頼りになるレディーに成長致しまして、わたくしひどく感動しました。そして、ありがとう
しか~し、安堵したのも束の間、あれだけの痙攣疲れで死んだようにのびていた夕方、仕事から帰った娘と団らん中、元旦那さま(娘の父親)危篤の連絡が入り、タクシーすっ飛ばして市外の病院へ。
元義母、元義妹、そして元旦那さまにしばらく会ってなかったことを後悔し、3日も持たないとの義妹の言葉に、私ひとり泣き崩れてしまった。
娘は冷静というか感情を出さない
意識はなくても、体全体真っ赤にして彼は一生懸命に息をしていた。
安定はしていないが、そばに居ても状況は変わらんので、それぞれ一旦帰宅。
マスクを外し、手洗いうがいを済ませ、少し落ち着いてこたつに入ろうとしたら、再び連絡が入り、病院へとんぼ返り。
緊張からか、トイレが近すぎる。
タクシーのドアが開くなり先に娘を病室に走らせる。
遅れて入室するも、一目で察した。命を繋いでいた機械、器具など全て外されていた。
しばらくして来たドクター
『9時38分、御臨終です』
一時間も経ってないのに、彼の体の色味は無くなってた。元々親族の中では珍しく、男だけどとびきり色白だったから余計だ。
ついさっきまで意識なくてもさ、薔薇色だったのにね。
『こんなことだったらもっと顔見せてやればよかったよ』
そう言って静かに、本当に静かに涙ぐむ娘をいじらしく思いました。
すごいね。悲しいとか寂しいって言葉じゃないんだよ。
普段は、何て言うんだっけ?とか、どう言ったらいいの?とかなのに。
咄嗟に出た娘のそのひとことで現実を受け入れることができ、私は心の底から離婚を悔いたのでした。
そして、当然ながら親族は悲しんでいる暇などなくすぐに葬儀屋さんの手配だ。
親族と言えども元義母は当然ながら高齢、娘は親族だが籍は抜けてる。私も書類上は他人だ。
なので、元義妹にすべてをまかせてしまった。
ありがとう以外の言葉が見つからない。
そして、初めての忌引きに戸惑う真面目な娘に、ボロ泣きで仕事なんて考えられない私、なんとも親子対照的だ。
コロ助蚊、どこもそうだが、斎場もなるべく少人数でとの葬儀屋さんの指示に従い、親族6人で、お別れお見送り。
余談だが、まるで商売っ気のない葬儀屋さんなので、普通サイズの棺に、頑張って超BIGな体の元旦那さまを納めたので、腕組みしている状態で〇〇さん、少し狭くて居心地よくないかもです。
ですと。
皆でクスッと笑ってしまった。
その葬儀屋さんは、豪華な葬儀ばかりがよいのではなく、残された遺族がその先安心して生きていけるように、と言うコンセプトで、金儲けでやっているわけではないとのこと。
そして、火葬した後が初体験。
火葬場の担当者でなく、葬儀屋さんみずから手袋なしで骨の部所を手に取り、丁寧に説明して下さる。
元旦那さまは心臓も弱かったが、直接の原因は脳出血だったようで、うすいピンクですね、とか。
旅立ちのお召し物でお骨を色付けする方もいらっしゃるとか。
そしてそして私達はお骨を箸渡しでなく、素手で納めたのでした。
体格、体重により、焼き上がり時間や、冷め加減を熟知されていて、お骨はじんわりと温かく、とても心のこもったお見送りでした。
棺同様、頑張って普通サイズの骨壺にしたのですんなり入らず、最後は娘がすりこ木様の棒のようなものでごりごりと潰し、無理矢理に近い状態で納めました。
『父ちゃんも娘にゴリゴリやられるなら本望だ』
皆どっと笑ってしまって、葬儀なのに、最後には幸せな気持ちになりました。本当にありがとうございました。
元旦那様家は事情により墓終いをするので、その後は散骨していただいたそうです。
*注:山に散骨は限られた地域だけのようで、一級葬祭士の方でも知らない方も少なくない
火葬する前に葬儀屋さんに、お骨少し残しましょうかと聞かれました。
是非にと言おうと思っていたら、義妹が『別にいいよね。思いがさっぱり断ち切れるし』と、義母も頷いてました。
娘は『きちんと保管できるかわらない』とのことで、当然私はちょ待てよとは言える立場ではなく、右に同じくでした。娘しっかりしてるし
【中居くんがジャニーさんのお骨をお守り代わりにポケットにしのばせてたようなのがよかった。泣いちゃう】
葬儀が終わり、元旦那さま方の御先祖さまも散骨していただき墓終いということで、この先法事は一切なしだそうです。
その後、娘は律義なので、悪いなと言いながらも一親等の忌引きをきっちり消化しました。
私は親族でも何でもないのにショックでさらに1週間有給を取り、泣き明かしとりました。
救急でお世話になった病院でのとびとび検査通院も兼ねてですけど。
その間、また痙攣が起きそうな時があり、娘にまた付き添われタクシーで時間外外来で行き、確かMRI検査をしていただき、夜間?時間外?で預り金?は、やはり一万円でした。
通院した結果、恐らくコロ助怖い怖い病でしょう。頓服に安定剤を出しておきます。発作が出そうな時に飲んで下さいねですって~やっぱりメンタル弱かったのね
まっ、私が発作を起こしたのと、元旦那さまが亡くなった日同じなんだけれど、エイプリルフールでなかったことがよかったかと。。。トラウマなるよね
【あ、゛元”は旦那さまだけでなく、元義母、元義妹でした】
その後、久々に出勤すれば、ふたつの意味で病み上がりの私に、『そんなの作り話だ!と、ξわさびξさんの陰口だか悪口を社員が言っていましたよ~』と、かわいい後輩がお節介してきました。空気読めない子だから仕方ないけど。悪い子じゃないから憎めないけど。
まぁ、彼らは息をするように陰口を叩くものですから、もう慣れっこでしてよオホホ
昔と違い、今はどこの社員もそうなんでしょうが(決めつけてる)、社員教育どころか、社会一般常識、人間教育を受けてないんでしょうね。それ以前にお育ちでしょうかね
ただ若いってだけの派遣やらパートからなれる社員なんでねうちの企業だけってこたーないと思う絶対
怪我や病気は結構してきたので、またか~と思われてもしょーがない。パートは有給取れていいよなぁだってさ。
あんたがたこそ、喫煙の間に仕事する程度でボーナスもらえるっていいよなぁ、だわよ。
昨年まで煙草やめるやめる詐欺を何度も繰り返してきた私だが、今回は、発作を起こし元旦那さまが亡くなった日を境に、半年以上禁煙できているのです。喫煙所が隔離されて快適快適

そして、出勤から1ヶ月も経ってないのにヘルニアが悪化し
休んだり休んだりラジバンダリ古すぎ
たまーに出勤するとやっぱりダメ
あ
そうだ
と、思い出したようにこれ書いてますてか、かなり前の下書きを正してるだけ。
もーねー有給とっくに終わってましてね、税金やら社保やら年金やら諸々引かれてもマイナスにならん程度に出勤している日々を送っとります。
ちなみに、今年のボーナスは、例年の“1日分”を大幅UPの1週間分ですのよ~少なすぎて腹抱える
で、その素晴らしいボーナスとともに給付金の10万は、通院代、漢方薬、生活費ですっ飛びましたのよ~
さて、年内に貧&乏脱出なるか


ほなまた
