「……にん。…主任」
『ん……ん?』
「櫻井主任?
大丈夫ですか?」
どうやら俺の意識は数分前から飛んでしまっていたらしい。
腕時計は最後に見た長針の位置から10目盛りとちょっとだけ進んでいるし、さっきまで目の前にあった極上の大盛り山菜蕎麦が無い。
代わりに俺の顔を困り顔で覗き込んでいる、部下の松本潤が机の前に立っていた。
『ぁ、ああ。
最近あまり眠れなくて…
……で、何かあった?』
「はい。
企画書、出来上がったのでチェックお願いします」
『…………えっ?
マジ?早くない?笑』
「ふふっ。
いい案が浮かんだのでパパッと作っちゃいました」
嬉しさを押し隠そうとはするのだが結局隠しきれずダダ漏れてしまった、みたいな顔でそう言う松本。
『さすが。
仕事が早いね~』
松本とは上司と部下、と言う関係だが会社も小さく、歳も出身地も近いと言うことでかなりフランクな口調で話す俺。
対する松本はまだ敬語。
「いえ…
あの、主任?」
松本から受け取った書類に目を通しながら答える。
『ん?どした?』
……ふーん。いいなぁ、これ。
「…あ、いえ。…やっぱりなんでもないです…」
なんかいつもより歯切れが悪いな。
『…そう?』
目線だけ上げて顔を見てみる。
伏目がちな目が綺麗だなぁ…てかまつげなっが!!
いやぁやっぱ二枚目だわ、コイツ……
じゃなくて。
なんか悩んでるのか?思いつめた顔してるけど……。
「はい。すみませんでした。
…じゃ、チェックお願いします」
そう言って一礼し、自分の席に戻る松本。
『……?
あ、次、会議だ』
いつもの松本らしからぬ態度に違和感を感じながらも、俺は必要な資料をひっつかみ、会議が開かれる部屋へと急いだ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『ふーーーーっ…
やっと終った…』
とっくに社員は帰宅している時間。終わらせておきたい仕事をしていたら何時の間にかこんな時間になっていた。
数時間にも及ぶパソコンとの睨めっこによって大分凝った肩をほぐしながらふと窓の外を見る。
『…げ!!
雨降ってんじゃん。
えっと、傘、かさ…、かーっさ!…あ、折りたたみがある。良かった~』
一瞬焦ったが、鞄の中を探って安心する。
朝の天気予報で午後から雨が降る確立が高い、みたいなことを能天気そうなお天気お姉さんがそんなようなことを言っていたので折りたたみ傘を放り込んできたのだった。
上着を着てもう一度外を見る。
……松本は傘、持ってきてたのかな。
ふとあの時の伏目がちな瞳を縁取る長いまつげを思い出し、そう考えている自分がいた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『かなり寒いなぁ…』
小さく白い息を吐き、鞄が濡れないように気を遣いつつ帰路につく。
『…………ん?』
今、自分が歩いている場所から5メートルほど離れたところに、傘もささずにうずくまっているひとがいた。
……あれ?あのマフラーって……
『…まつ…も、と?』
振り返ったその人は松本だった。
「………」
濡れていた。
雨…それだけではないようだった。
頬が、濡れていた。
「…主任」
少しうつろな目で俺を見つめる。
『…どした?傘忘れた?』
優しく声をかけながら、松本がこれ以上濡れないように腰をかがめ自分が持っている傘を傾ける。
「…あ、あの…」
『ん?』
「……気分、悪くて…」
『え、大丈夫?…じゃないわな。
あーーー……松本って明日休みだったっけ?』
「…はい」
『おっけ。
じゃ、とりあえず俺ん家行こうか。
こっから近いし。体調悪いままだったら泊まってけばいいし。
……立てる?』
「…はい」
『んじゃ、とりあえず帰ろ。
………はい、手』
「あ…ありがとう、ございます…」
触れた松本の手はとても冷たかった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「あー…っと……濡れた服は洗って乾燥機かけとくから。シャンプーとか好みじゃなかったらごめん。タオルは後でおいとくから使って。なんかあったら呼んでね。
じゃ、ゆっくりあったまって』
家に到着してからすぐにバスタブに湯を張り、濡れた服を替えた。
松本には俺のTシャツとスウェットを手渡した。着替えるときに見えた白く細いウエストと少し鍛えられた胸板のギャップにドキッとしてしまった。
……俺、そっちの気、あんのかな。
今まで付き合ったのは女ばっかりだったから、んなことないと思うけど……
「……あ、じゃ、お風呂いただきます」
『…ん、あ?ああ。どうぞどうぞ』
うん。やっぱりあれは気のせいだな。俺は正常な男子だ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『ふーーーっ…どう?だいぶ体調治った?』
風呂で温まった松本の顔色は先ほどよりかなり良くなっていた。
「あ、はい。どうもすみませんでした…」
申し訳なさそうに少し目を伏せる彼。
『いいよいいよ。
風邪とかひかなくて良かった』
笑って、松本の柔らかな髪をふわりと優しく撫でた。
………ちょ、待て。
これ、完璧に彼女にする行為じゃねぇか。
「あ…あの」
松本は自分の頭に乗せられた俺の手を掴んだ。
「お話、聞いていただけますか?」
すがるような目。
『ん…いいよ』
「実は………」
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『へーー…彼女、浮気してたんだ』
「はい。
お互いの親に紹介して親しくなってたし、もう式場を決めるくらいまでの付き合いだったんですけど…」
『…指輪買いに行った先の店で、男連れた彼女に遭遇ってことね』
「はい……」
すでに松本の体調は回復している。
2人で軽く酒を飲んでいると、今日あったことを少しずつ話しはじめた。
『んで、彼女が発した言葉が「本気だったの?」か…』
「はい……ちょっともう本当に、ね。キツくなっちゃって。気分悪くなったんで道で座ってたら雨降ってきちゃって……」
『……で、俺に遭遇、と』
「その通りです。
……はーーっ…俺に魅力が無かったんかな…」
そう言いながら俺の肩に甘えるように頭を乗せる松本。
………え、ちょダメだって。
酒に染められた少し赤い目元と、いつもより潤んだ黒目がちの瞳。
甘く濡れた唇に、少し緩いUネックのTシャツの隙間から垣間見える繊細そうな胸。呼吸によって少し上下している。
扇情的な光景だった。
良からぬ思考が頭をもたげる。
━━━キス、くらい……
目の前にあるふっくらと色づく唇を見つめる。
………あと20センチ。
10センチ、8センチ………
「……ん…主任…?」
『……翔』
「へ……?」
『翔、って呼べよ…』
緊張からか声が掠れる。
「…ん……しょ…ぉ…んっ」
とろけるような目に情欲を抑えきれず、自分の唇を潤のそれに押し付ける。
「……んっ…ぁ…」
唇を離し、身体を俺に預けるようにしなだれかかる松本。
『………え、まつもと?』
えええ?なに、これ。ゴーサイン?いいのか?先に進んでいいのか?
「………zzz」
寝てる。
『んっだよ!!
おまっ、じゅっ、俺のムスコどーすればいいんだよ!!!』
俺は小声で悲痛な叫びをあげた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
…………ん、味噌汁の匂い。
あーうまそう。
……え?
ちょ、待てよ。俺以外いないハズの部屋に味噌汁の匂い…?
「……しゅにーん!」
………あ、潤の声。
『…ん、じゅん?』
「ごはん、できてますよ!
冷蔵庫に何も無かったのでコンビニまで行って味噌だけ買ってきました。
すごいですね、あのコンビニ。味噌なんて普通のコンビニに無いですよ。ふふっ」
普段自炊なんてしないから味噌を売っていることすら知らなかった。
『……え?
飯、作ってくれたの?』
「はい。俺、自炊派なんで。
もうできてますよ。どうぞ」
『あ、りがと……
……なんだこれ、めっちゃうまそうじゃん!!いただきます!!』
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
松本が作ってくれた飯はとてもうまかった。
食べている最中、俺の顔をニコニコしながら見つめてくるもんで、緊張してしまい、味に集中できなかったのであまり堪能したとは言えなかったが。
注意して松本の仕草や態度を観察したが、昨晩のことを覚えている素振りはない。そんな内容の話題が食卓で出ることもなかった。
良かった…あんなん男にされたら気持ち悪いよな…。
むしろ俺はなんであんなことしたんだろ……。
悶々としながらスーツに着替え、出かける仕度をする。
鍵はスペアキーを松本に渡しておくことにした。休日の朝なのに、早くに起きてくれて朝食を作ってくれて。挙句朝食の後片付けまでしてくれて本当に有難い。
…やっぱり、あれは忘れよう。うん。夢だったんだな、きっと。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
『…じゃあ、行ってきます』
玄関先まで見送りに来てくれた松本に向かって言った。
…なんか新婚みたいだな。若干照れる。
「はい。……あ、ネクタイ」
ネクタイ?曲がってる?
「ちょっと、こっち向いてください」
俺のネクタイに手を伸ばす。
『ん、あ…ありがと、おわっ!?』
昨日と同じ柔らかな感触。
「………ふふっ。
翔、いってらっしゃい。」
そこにはしたり顔で手を振って見送ってくれる、可愛い小悪魔が立っていた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
駄作。
人気の翔潤に挑戦してみましたが。
あまり納得できるものではないですなぁ。次はもっと可愛い潤くんを出せたらいいな。
おわり








