ボタンインコの飼育日記 -2ページ目

ひと月前になりますが、5/1未明にボタンが亡くなりました。

13歳と9ヵ月

まだまだ一緒に過ごせると思っていました。

 

ケージは今もそのままになっています。

💩もそのまま。

夕方になると、ココをケージに戻す時、とてつもない寂しさに胸が痛くなります。

私が生きている時に見送られたから良かったじゃないか。と言い聞かせ自分を慰めています。

毎日、ボタンの事を忘れる日はありません。

ずっとボタンの夢を見てなかったのに、おととい1日の明け方に初めて夢をみました。

私の肩にとまっていました。でも、見た夢は徐々に記憶から消えていきます。

 

2年前に肺高血圧症と横浜の病院で診断されてから、しばらくは落ち着いていましたが、今年の2月にまたバクバク呼吸が早くなってきて、薬を追加しながら2週間毎に横浜の小鳥病院へ通ってきました。

今回はどの薬も効果はみられなく。

先生は年齢的なものもあるからとおっしゃっていました。

しかも、今回は放鳥中に飛んだ後に、フラッとよろける状況があったので、毎回両手で壁を作って飛ばさせない、つきっきりの緊張状態の放鳥。

兎に角、飛んだら心臓にくる=死ぬ

本人(鳥)は、言っても分からないし自分の具合も分からないから、飛べない事はストレスだったと思います。

 

4/20の横浜の受診時に、今後、通院にボタンの身体に負担がかかりそうなので、今日で通院を終わりにします。

と先生に長い間のお礼をお伝えしました。

先生も薬は郵送できるから。と提案して下さいました。

そんな10日後の出来事でした。

 

なんとなく、足が冷たい(血流が悪いのかな)

いつもより、甘えてくる(体がしんどいのかな)

毎日、死を思い泣いてばかりの飼い主で、もっと笑顔を見せていればよかったと悔みます。

 

いつもと違って苦しそうだと感じたのは前日の30日の夕方でした。

横浜に電話をしたら、診察終了のアナウンスが流れ、明日は休診日。

酸素濃度をいつもよりも上げて苦しさを緩和できるようにするしかありません。

夜中の3時まで、酸素室に手を入れて傍にいましたが、

【もう、一人にさせてあげよう。私がいれば頑張ろうとするから。】

と、ボタンがそうして欲しいと望んだと感じたので、

隣に布団を敷いて寝ました。

時計の針がピッタリ6時に目が覚め慌ててケージを見たら、亡骸は静かに目を閉じて硬くなっていました。

恐らく、一人にした後、あまり時間が経たないうちに旅立って逝っていったのでしょう。

彼は、私に見送る辛さをさせたくなかったのだと思います。

 

 
【4/25】

 

 

 

 

 

ボタンを可愛がってくださり、つたないブログを読んで下さった皆様にはこれまで感謝でいっぱいです。

 

 

少しずつ、気持ちが落ちついてきたので、ブログに気づいた事などの闘病体験を残していきたいと思います。

 

本当に大切なパートナーで、気持ちが通じる家族でした。
たくさんの思い出をありがとう
 

 

 

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