私の中学校生活は、もはや「義務教育」ではなかった。それはまさしく“生存訓練”。なかでも、体育の授業は軍事レベルの試練だった。そして、その中心には“武の求道者”こと渡辺先生(仮名)がいた。今回は、そんな鬼教師と竹刀と涙と笑いの壮絶エピソードを、命を削る勢いで語らせていただく。
竹刀デモンストレーションという名の洗礼
中学2年のあの日、体育館に響いた渡辺先生の怒号――
「お前ら、これは“スポーツ”じゃねぇ。“武道”だッ!!」
そう叫ぶや否や、先生は竹刀を手に取った。え?剣道の授業じゃなかったよね?今は持久走のはずでは?と、私たちは目を合わせた。すると先生は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「今日は特別授業だ」
地獄の入り口だった。
その突き、額にズドン。面の上から直撃。
渡辺先生の竹刀技術は、もはやプロ。剣道未経験者の私に「面を着けろ」と命じたうえで、「突きの痛みを知れ」とフルスイングの突きを面の上からブチかましてきた。
※補足:突きとは、本来、喉元に向かって繰り出す剣道の攻撃技であり、熟練者でなければ極めて危険な技とされる。
私たちに貸された装備は面だけ。その他の防具はなし。
「では行くぞォッ!!」
ズドン!!!
「ぐぅぅぅうッ!!」
衝撃で後頭部が体育館の壁にコツンと当たったのは、今でも鮮明に覚えている。
なぜかデモンストレーションに毎回選ばれる運命
なぜか毎回、私がデモンストレーション要員に選ばれていた。もはや運命としか言いようがない。先生曰く、「お前は反応が面白いからな」。いや、それ完全に悪ノリ。
目の前に竹刀を構える渡辺先生の姿は、完全に少林寺の長老。
「目を閉じるな、気合いを込めろ」と説教されながら、
ズドン!!(再)
目がチカチカしてきた。
痛みを通して学ぶ“礼節”と“反射神経”
渡辺先生の指導方針は一貫していた。
「痛みこそ最大の教師である」
確かに、その効果は絶大だった。次回からは全員、体育の時間に目覚まし三個で遅刻回避。誰一人、ジャージを忘れる者はいなかった。
この教育の(?)成果で私たちが身につけた能力は――
・信号を見ずとも車を避けるスキル
・竹刀の影を見てしゃがむ反射神経
・地獄でも笑える忍耐力
……完全に現代版スパルタ教育だった。
“避けるな!” vs 本能
当然、私たちも人間だ。竹刀が迫れば本能的に避ける。しかし、そこで先生の怒号が炸裂する。
「避けるなァァアッッ!!」
避けたら怒られる。避けなかったら当たって泣く。
この理不尽の狭間で、私は「避けるフリをしてギリ当たる」という、職人芸のようなリアクションを体得した。
共に突かれ、共に泣いた仲間たち
体育の授業後、男子トイレには突きの痕に顔を歪める同志たちの群れがいた。
「お前、今日も喉ギリだったな」
「オレなんて面の金具が鼻にめり込んだぞ」
「でも、あのタイミングでスウェーしたのお前だけやん?すごすぎ」
そこには謎の尊敬と友情、いや“戦場の絆”が芽生えていた。
あれから十数年――先生、今どうしてますか?
社会人になった今、ふと考える。
「渡辺先生…元気かな?」
あの破天荒な教育も、今思えば――いや、やっぱり愛ではなかった。あれは明確に“恐怖で制していた”。
私たちはその“恐怖教育”を経て、理不尽にも負けず生き抜く強さを身につけたのだ。
もし再会できたなら、私はこう言いたい。
「先生、突きの痛み、今も覚えてます。あのときはマジでムカついてましたが、確かに今では、あの回避能力、会社の飲み会で活かされてます」
まとめ:それでも渡辺先生は伝説だった
渡辺先生の教育法は、確かに今の時代ではアウトだ。しかしそこには、「人間を鍛える」という狂気に満ちた信念があった。
暴力だった? イエス。
愛はあった? ノー。
でも、本気の大人に本気で制された経験は、確かに貴重だった。
そして、あの竹刀の突きと共に、今もなお心に残る教えがある。
「人生、避けたらダメな時がある」
……いや、先生。避けさせてください。全力で