大きなタッパーを電子レンジに入れ、あたためスタートを押す。
何度裏切られても、僕はこの自動あたため機能が食事を本当に最適温度にしてくれる日がくることを信じているのだ。
まだその時ではないので、弁当はいつも通りひとまず冷たいとぬるいの間くらいの温度までになり、追加加温すると今度は持てないくらいアチアチになる。
爪の表面などを駆使してテーブルまでタッパーを運ぶ。いざ、オープン。
もわり。温かく微細な蒸気がカレーの匂いと共に顔面に噴射される。
スチームによって僕の枯れた毛穴がたっぷりと潤ったことに感慨を覚えながら、今日も箸を忘れたので電子レンジ脇の「フリー割り箸」を取ってきて切り干し大根の上にだらしなく広がるニンジンのひとつを突いた。
食事と読書を両立させなければならない気がして試しに「FISH CAKE」を開いてみたものの、こんな騒がしい環境では内容に集中できるはずもなく、諦めて本を閉じる。
切り干し大根を綿のように啜っていたところ、左隣でゴルフの動画を見ながら愛妻弁当を食べていた斎藤さんがこちらに目を向け汚いものでも見るかのように顔を歪ませた。
さぞ充実したランチタイムを送っているのであろう彼には彼なりの感想というものがあるのかもしれないが、蔑んだ表情を向けられて愉快になるはずもなく、とにかく言い分だけは聞いてみようということで僕は箸であえて「汚そうな顔」で見られた切り干し大根を持ち上げながら尋ねた。
「どうかしましたか?」
まさか真っ向から自分が野放しにした不快感について質問されるとは思わなかったのか、斎藤さんは少し狼狽えた。
「いや、それ、なに食べているのかなと思って」
「味のない切り干し大根に、ニンジンカレーをかけたものです。ヘルシーでしょう」
「あぁ、あんまり見ないね」
斎藤さんはぎこちなく言うと、もう話しかけてくれるなというふうに再びゴルフ動画視聴に専念しはじめた。
その斎藤さんが片手間に食べている手作り弁当のなかにちくキュウが入っているのが目につく。
「ちくわ、好きなんですか?」
「んあ」
含み声とともに今度は明らかな敵対心を宿した眼差しを向けられる。
「ちくわ、好きなのかなと思って。今ちょうど、ちくわに関する本を読んでいるところだったので、これです」
僕は手元にあった「FISH CAKE」を指差す。
「や、特には。もういいかな」
「はい、お邪魔しました」
言いながら、斎藤さんはそのお弁当のうち、どのおかずのことも「特には」なのだろうなと思った。
すると、動画サイトを熱心に見ている二つの目ん玉から細くて長いちくわが生えているかのように思えてくる。
「ちくわ教」である。