ものすごい

久しぶりのブログ。


世の中は、

180度変わってしまった。


先日

芦田愛菜さんが


信じるに関して

発言してました。


次男が

突然

動かなくなり

お布団生活になったとき

しきりに

次男は
大丈夫
大丈夫

信じる

いつもと同じ
日常に戻る。

信じようと

自分に言い聞かせてた。


愛菜さんが
その人のことを信じようと思います
という言葉の意味を
「その人自身を信じているのではなく、

自分が理想とする人物像に
期待してしまっているということだ」と
発言しました。


目から鱗

まさに、わたしが

そうだ。


上記のことを捉えた上で


「裏切れたとか
期待していたとか言うけれど
その人が裏切ったわけではなく
その人の見えなかった部分が
見えただけであって
見えなかった部分が見えたときに
それもその人なんだと
受け止められる
揺るがない自分がいることが
信じられることと
思いました」


すっと
心に突き刺さった

次男はわたしを
裏切ってない

次男の見えなかった
部分をみせただけ。


「揺るがない自分の軸を持つのは
難しい。だからこそ人は

信じると口に出して

理想の人物像にすがりたいのでは
と思いました」


ほんとに16歳??

こんな哲学的な考え方が
できるのでしょうか?




信じる。

信じてるよ!!とは、


もしかしたら
自分本位の考え方だったのかも
しれない。

オブラートに
包みながら

16歳の女の子に
教えてもらったかんじ。



40代後半のおばちゃんは

心が納得しました。


愛菜ちゃんの映画

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