日常診療における笑いの効用
-より良い医療者対患者関係のために-
「Health かうんせりんぐ」5巻3号(日総研出版)2002
本文は出版社の許諾を得て公開しています(著者:井上邦雄)
本稿における「笑い」とは「声を出して笑うこと」「ほほえみ」「笑顔」のほか,「ユーモア」や「ジョーク」など,「笑い」に関連する多くの概念を含むものであることを,まずお断りしておきたい。
きっかけとなった2つの言葉
筆者が日常診療における「笑い」の効用について考えるようになったきっかけは,ある研修医のちょっとした一言であった。卒業後間もないその研修医が赴任してきた日,私の外来診察を見学させ,その感想を尋ねた。その時の彼の第一声は「先生は,どんな時でも患者さんの笑いを取ろうとしてはるでしょ」という意外な言葉であった。
確かに,筆者には以前から「できるだけ患者さんをリラックスさせたい」という気持ちがあり,そのように患者に接してきてはいたが,「笑いを取る」などという意識はまったくなかった。しかし,彼のその言葉の意味を考えているうちに,高校生の時にある放送局のアナウンサーから聞いた,「相手の緊張を解くには笑わせればいい。自分が笑えば相手もつられて笑いますよ」という言葉を思い出した。そして,この2つの言葉が私の心の中で結びつき,診察中に意識して患者に微笑みかけたり,笑いながら話したり,時にはちょっとしたジョークを言って,患者を笑わせようと心がけるようになった。
ほとんどの場合,こちらが微笑みかけると,患者は笑顔を返してくれるし,少なくともほっとした表情を示してくれる。「笑い」が明らかに患者の心をほぐしてくれている,と実感できるようになった。さらに,このように患者に接しているうちに,「笑い」の持つ意外な効用に気づいたのである。
それは,「笑い」が良好な医師対患者関係を構築するのに大いに役立つ,ということであった。
病院における患者の心理状態
まず,日常診療の場でなぜ「笑い」が必要なのかを考えてみたい。
病院に来る患者は,多かれ少なかれ精神的な緊張状態にある。手術を受ける場合はなおさらである。緊張の原因を列挙してみると,
(1)病院に診察を受けに行く時
・自分の病気に対する不安とそれから派生するいろいろな心配事
・「病院」に対する漠然とした不安
・医療者,特に医師に対する不安
(2)手術を受ける時
・手術室に入る前
(痛くないだろうか,後遺症が残らないか,などいろいろ考える)
・手術室に入ってから
(内部の設備,スタッフの服装など,手術室の雰囲気に戸惑ってしまう)
これだけの不安や心配を抱えた患者に対して,「気を楽にしてください」と言葉だけで言っても無理である。
緊張したままであれば,患者は自分の思っていることの半分も医師に訴えかけられないだろうし,医師から受ける説明も十分に記憶に残らないだろう。そのような状態で医療行為を進めていっても,患者にはその意味が十分に理解できず,後に不満や不信感を引き起こす原因ともなりかねない。
「笑い」は,このような患者の緊張を解く有効な手段になり得るのである。
笑いの効用
井上宏(1)によれば,笑いには人の頭と心を柔軟にする4つの作用がある。
まず,共に笑い合うことによって気持ちが和らぎ,口も軽くなり,親密感が増す。笑いの「親和作用」である。
笑いの絶えない楽しい人,楽しい店などには人が集まるという「誘引作用」もある。
つらい時でも笑うことができれば気が楽になる。腹が立っていても,そんな自分を笑うことができれば立ち直りも早い。笑いの「浄化作用」である。
また,笑いはものの見方を多少なりとも相対化し,複眼的な見方を可能とする働きがある。笑いの「解放作用」と呼ばれるもので,これによって心にゆとりを生じさせる。
診察室に入って来た患者が,明るいあいさつと笑顔で迎えられたら,そして,ちょっとしたユーモアやジョークが笑いを誘えば,患者が診察室に足を踏み入れるまで感じていた緊張が解けて心にゆとりができてくる。そうすれば,医師と患者の間で意思の疎通が円滑に行われ,その結果,医師に対する連帯感が生まれるであろう。
そのような安定した心理状態になってから診察を受け,医師の説明を聞けば,不安に満ちた状態で説明を聞く場合に比べて,よりよく理解できるであろう。その結果,治療に対する意欲と希望を持てるようになり,良好な医師対患者関係に結びつくと考えられる。
医師は患者を笑わせる必要があるのか?
中川米造(2)は,その著書「サービスとしての医療」の中で,「医者のモデルイメージ」が時代と共に次のように変遷してきたと述べている。
(1)魔法使いのモデル
(2)学者モデル
(3)科学者モデル
(4)技術者モデル
(5)援助者モデル
絶対的権威としての「魔法使い」に始まり,中世の西洋における「伝承された知識」を背景に診療行為を行った「学者」の時代を経て,近代医学においては,「自然科学である医学」を基礎として,「技術者」としての医師が,分化・分業化し,画一化された医療行為を行うようになった。
しかし,ヒトの「病気」を対象とするのではなく,「患者」を一人の人間としてとらえる「人間的な医療」が求められるようになった現在,「医師」には「科学者」「技術者」のみならず,「援助者」としての資質も要求されるようになったのである。
この場合の「援助者」には,患者自身に問題点を感知させ,患者自身が問題を解決する手助けをする,という役割も含まれる。したがって,医師と患者の間では意思の疎通が円滑に行われなければならないのである。
笑うことによって患者の心の緊張状態が解け,それによって良好な医師対患者関係が築かれるものであるならば,「援助者」たる医師の能力の一つに患者を「笑わせる」ことも含まれる,と考えてよいのではないだろうか? また,このことは医師自身が心にゆとりを持つことによって初めて実現できることであろう。
「笑う人」と「笑わない人」
人はどんな時に笑うのか,まず考えてみよう。
保育士の原坂一郎(3)は,「幼児と笑い」の研究の中で,「幼児は言葉を使ったコミュニケーションがまだ十分に発達していないので,面白い,おかしい,楽しい,うれしい,という感情が起こった時には,すぐに『笑う』ことでそれを表現する。しかし,どんな状況でも笑うというわけではなく,心身共に快適な環境にある状態,すなわち『笑いスタンバイ状態』になければ決して笑わない」と述べている。
それでは,幼児の「笑いスタンバイ状態」を大人に置き換えればどういうことになるであろうか?
来院患者を例にとって考えると,まず,緊張状態が解けていて,心にゆとりがなければならないだろう。
さらに,医師やそのほかの医療者を信頼できると感じられなければ,笑う気にはなれないだろうし,自分の病気やけががよくなる,という希望も必要であろう。
言い換えれば,「ゆとり」と「信頼」と「希望」の3つが大人における「笑いスタンバイ状態」の必要条件であり,そのような心理状態にあれば,診療の場でも「笑い」は自然に起こってくると考えられる。
一方,まれではあるが,何を言っても笑わない人,あるいは「無表情な人」がいる。それはどんな場合だろうか? 別の表現をすれば,「笑いスタンバイ状態」になれないのはどんな人であろうか?
精神科医の佐野光正(4)は「職場のメンタルヘルス」の講演の中で,心が健康であるためには,「ゆとり」と「信頼」と「希望」の3つの要素が必要である,と述べている。言い換えれば,「笑いスタンバイ状態にある」ということは,大人の場合,「心が健康である」ことを示しているといえる。
このことを踏まえて,「笑わない人」「無表情な人」の心理状態を推察して列挙する。
・病気のことやそれに関連したことが心配でたまらない。
・医師やそのほかの医療従事者の言うことが信頼できない。
・自分の(家族も含む)ことしか考えていない,あるいは考えられない。
・心の病がある。
いずれにしても,患者が笑わない時は,医師と患者の意思の疎通がうまくいっていないことを示していると考えた方がよい。したがって,そのような患者に対する時は,より慎重に対応すべきであろう。
まとめ
医師対患者関係における笑いの効用をまとめてみる。医師が笑いながら,あるいはそのように努めながら患者と話をすることのメリットは次のように要約される。
・患者を無用な緊張感から解き放ち,恐怖感や不安を与えずに済む。
・その結果,医師の話の内容をじっくり聞くだけの精神的余裕ができる。
・医師も笑うだけのゆとりを持って話をすることになる。
・笑いながら,相手の反応を確かめながら話すと,決して早口にはならない。結果的に,相手にじっくり考える時間を与えることになる。
・「笑わない人」「無表情な人」を見つけ出すことができる。その場合,適切な対応をすることによって,無用なトラブルを避けることが可能となる。
最後に,いくつかの場面別実例を挙げた。参考にしていただければ幸いである。
引用・参考文献
1)井上宏:笑いは心の治癒力,P.45~48,海竜社,1997.
2)中川米造:サービスとしての医療,P.8~46,農産漁村文化協会,1987.
3)原坂一郎:幼児と笑い,笑い学研究,4,P.4~10,1997.
4)佐野光正:職場のメンタルヘルス,しょうけん(浜松労災病院学術年報2001),P.110~111,2002.
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http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/1196/ronbun1.html