どうも今日も今日とて死にたいそーくんです

先日一緒にライブに行った体調不良の友達がまた悪化してどうしたのか聞いたらマイコプラズマらしいです

流行病には皆さんお気をつけください


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最近思う事なんですけど、彼女がいなくなったら何もかも無くなるって自分の中では思っていてもそうじゃないと思うんですよね

だって友人はそれなりにいて親はちゃんと仕事をしていて家に借金もなくお金にも食にも困っていない

そんな普通なようで特別な生活を毎日過ごしていて

それなのに何も無いっておかしいですよね

でもこう思うようになったのも元カノと別れた時からで

その時はもう何もかもを失ったようなそんな感覚に陥っていました

今でもそう感じることが多々あります

でもそれまではそう感じることは無かったんです

時折不自由さを感じることはありましたがそれでもここまでじゃありません

何がそう感じさせたのか

そう思わせているのか

そう考えさせるのか

その答えは愛でした

私のことを本気で心の底から唯一愛してくれた人

私の事だけをひたすらに愛してくれた人

それが元カノでした

その時の愛の大きさは今の彼女でも勝てません

(もちろん今の彼女方が好きだし比較対象にもなりません)

ただその時の私の全てだと言えるほどの愛だったのです

その愛を全て失った

その愛の大きさは他の全ての大きさを遥かに超えて何にも変えられず代用が効かないものでした

だから全てを失ったような感覚に陥ったのだと思います

まぁ結果的な憶測にすぎませんがね

今も尚そう感じるのはなぜか

それは私自身が彼女から愛を与えられているのに物足りなく感じているからです

つまり私は彼女からの愛だけでは満たされなくなっていたのです

もっと

もっと

そう思い続けているのです

受けた大きな愛をたくさんの小さな愛で上回ることは出来なかったのです


話は変わるのですが

最近の自分の愛を振り返るとそのどこかに愛よりさらに優先された性欲というものがありました

そういった行為に至ったことはありません

もちろん彼女がいるのに不貞を働くつもりもないです

ただ私の心にあるものは興味などでは説明のつかないものでした

彼女はあまりそういったことに興味はなく

私も大切な彼女だからこそそういう事は何があってもしないと心に決めています

そういうことをするわけは無いのですが

それでもそれを誘うかのように心を蝕んでくるのです

それは本当に愛なのか?

私は本当に好きで付き合っているのか?

そうやって考えを乱してくるのです

前述の満たされないという話も合わせて考えると満たされず渇望し続ける欲望を性欲という別の形で埋めようとしてるのだと思います

ただ彼女と初めてあった日

2人でハグをした

何回もしていた

その時私の心が全て救われたかのように満たされたのです

だからこそ人の温もりを感じてしまいたくなるのだと思います


一言

愛の形は多くあり好きという言葉以外でも伝えられる

ただそれをしようとせずに好きだけで伝える愛は少し愛とは違うものだと思う

そこにあるのはひとつの狂気だと

愛は人を狂わせ、強くし、弱くする

魔法のようで何より本能に忠実な現実だ

だからこそその愛の表現の仕方を知っているものはその狂気に駆られることなく人と生きられるのだと思う


ここまで読んでくださりありがとうございます

今日も私を知ってくれてありがとう